県交渉

県知事へダム問題などについて申し入れ
また1000人減

人口減少 鶴岡もまた1000人減少
3万2753人 昨年の自殺者数。
昨年の自殺者、5番目の多さ=504人増の3万2753人−9月以降は4カ月連続減
2009年の自殺者数は前年比504人(1.6%)増の3万2753人で、過去5番目に多かったことが26日、警察庁のまとめ(暫定値)で分かった。自殺者数が3万人を超えるのは12年連続。
男性が2万3406人(71.5%)、女性は9347人だった。
自殺者数は、月ごとに前年との増減が比較できるようになった09年1月以降、8カ月連続で前年を上回った。完全失業率(季節調整値)が5年5カ月ぶりに5%台に乗った4月と5月は前年より200人以上増えたが、9月以降は、景気が急速に悪化していた前年を4カ月連続で下回った。
都道府県別では、東京が2989人で最も多く、大阪1982人、神奈川1798人、埼玉1796人、愛知1623人と続いた。28都府県で増加した。(2010/01 /26-11:31)時事通信HPより
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12年連続で自殺者数3万人を超えている。
社会のしくみが失望をつくり、絶望に陥らせてきた結果だ。まさにこれはこれまでの自民党政権でおこなわれてきた「新自由主義」思考で、「悪夢のサイクル」を続けてきた結果だとずっと感じ、訴え続けてきた。これまでは「自殺対策」を表立って示すことすらない社会で、この肝心要なことをごまかし続けてきた政治、社会だったと思う。これを「ライフリンク」をはじめとする NPOの活動。そして政権交代後、内閣をあげての自殺対策への取り組みなど。大きく社会の体制としてこれをとらえ直してきた。
9月以降、4ヶ月連続で下回っていることは、この一つの成果ではないかと感じている。
でも、3万人を超え続けている現状。これは市、県もしっかと取り組むべき課題だ。
吉野川の123から10年
ダム関連のMLから、メールで新聞の内容を知る。
朝日新聞徳島版 2010年01月24日
吉野川可動堰 住民投票から10年で行事
石組みの吉野川第十堰(ぜき)を壊し、可動堰を造る国の計画を白紙に戻した徳島市の住民投票から10年となる23日、同市北田宮1丁目の県教育会館で記念イベントが開かれた。住民投票にかかわった人や、当時を知らない若者が一緒に企画。歌手の加藤登紀子さんが、吉野川をテーマにした自作の曲をふだん川で遊んでいる子どもたちと歌い、集まった約千人がこれからの10年を考えた。(水沢健一、大隈悠)
公共事業に詳しい五十嵐敬喜・法政大教授は講演で「住民が公共事業に意見を言い、議会を変えたから住民投票が実現した」と振り返り、こうした動きが広まって「民主党政権ができる基盤になった」と語った。
国土交通省は河川整備の基本方針(05年)で「治水上支障となる既設の固定堰については、必要な対策を行う」として可動堰建設に含みを残している。五十嵐教授は河川法の手続きを説明し、「基本方針を取り消すか書き換えないと、中止にはならない」と訴えた。
岩屋隆夫・治水利水調査会主宰は、河川工学や土木史の視点で第十堰を解説。上堰と下堰からなる2段式の斜め堰の構造などを評価し、「現役で残る最古の大型河川構造物。これを壊すんですか」と問いかけた。その上で「本当に危ないかどうか検証なしに古い堰が壊されてきた」と訴え、250年以上の歴史がある第十堰をどう継承するかが問われている、と呼びかけた。
住民投票にかかわった俳優の近藤正臣さん、美波町在住のカヌーイスト野田知佑さん、大熊孝・新潟大名誉教授(河川工学)の3人は、川のこれからを語り合った。
大熊さんは、可動堰計画について「まだ中止は決まっていない。住民投票で第一歩を踏んだがほとんど進んでいない。これからの10年間でどうするかだ」と強調。「第十堰の維持や管理に予算をつけることが大事だ」と話した。
近藤さんは、「250年の第十堰は、役者で言えば森光子さんだよ。守ろう、残そう、だけじゃなく、有名にしようよ。有名になったら、残る」と呼びかけ、堰のライトアップを提案した。
http://mytown.asahi.com/tokushima/news.php?k_id=37000001001240002
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吉野川の住民投票運動。僕も当時、最終日の土曜日だったかと思うが現場に行き、投票を呼びかける活動に参加をした。「大事なことはみんなで決めよう!」それを、議会構成までも変え、実際に住民投票をおこない、そして、吉野川可動堰を中止に追い込んだ徳島市民の行動力に心打たれながら、一緒に行動した。そして、この動きに感化され、僕は、鶴岡の水道水源も「命を支える大事な水、地下水100%の水か、ダムの水にするか、みんなで決めよう! と住民投票の運動を決意し、実際に行動に移した。あれから10年。住民投票のしくみもあまり当時と変わっていないが、自治体によっては、「常設型」として、一定の署名数が集まれば議会承認を受けなくても住民投票ができるという「当たり前」の制度を条例化しているところもぽつぽつとでてきている。
今年、鶴岡水道の住民投票運動から10年。改めて水道問題も考えていきたい。
生態系オフセット
開発で自然が失われつづけることを抑制するこころみとして世界50箇所で生態系オフセットがおこなわれている 日本ではまだ普及はこれから だ。一日国際シンポジウムに参加
神戸 1.17
今年の1月17日、僕は神戸にはいけませんでした。しかし、「神戸」から15年、6434名の犠牲者の命、そしてあの現場でみんなと0から1をつくる、「ボランティア元年」という言葉を生み出したあの時の行動。私のまさに原点に回帰させられる、そんな日であり、当時、この1週間の「行動」によって人生が大きく変わった、そんな日々のことが思い出されます。150日、テントに寝泊まりしながら、そして、その後も1年半は公園の仮設小屋に住まいしながら、結局3年間、みんなと活動した石屋川公園、御影公会堂。そして、日々、数百人の人たちとがっちりと握手をしながら次々とプロジェクトをつくりあげていった日々。あのときのエネルギーの結集から頂いた僕の第二の人生です。改めて、犠牲になった6千余名の命のご冥福をお祈りするとともに、あのときに一緒に動いて、笑顔をつくり社会を確実に変えていった。お一人お一人の皆さんに、感謝します。ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。
ずっと懸案になっていた、当時のこと、改めてまとめて参ります。
http://www.youtube.com/watch?v=ZPdIlxA9Qok
1月17日。5時46分。
1月17日。5時46分。阪神淡路大震災から15年を迎えます。
多くの犠牲者の皆様のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
水源地のすぐ上流部での砂利採取

また、水源地のすぐ上流で 砂利採取!?
本日、福島大S先生と赤川沿いを地下水源周辺を踏査。最中にこの現場発見。右側上流部の森のようになっているところは昭和8年から使い続けてきた鶴岡水道の井戸があった水源地。以前議会で指摘したにもかかわらず、こうした水源地近辺での砂利採取がどうも止まっていないし、今後も次々とおこなわれるような状況のようだ。これは以前、水源を地下水にしていたときには、市の水道部が「水源だから」と、道義的に自主規制をし続けてきたと聞いている。しかし、今やその箍が外れ、業者のいうがままに砂利採りがおこなわれているようだ。
以前の地下水源の水源地には今も7本の井戸が現存し、その井戸からの水一万トンで非常時の水源として活用することが決められている。こうした、水源地のすぐ上砂利採取をすると、水脈を断つことになったり、また埋め戻しの土によって環境がかわってしまったり、と、影響が懸念される。これは、昭和55年のレポートでも指摘さていた。
市民の安全と安心を考えたら、砂利採取には一定の規制がおこなわれなければならない。
これは法律云々よりも自治体の姿勢が問われる問題なのだと考える。
ハイチの地震。
犠牲者の数が10万人ともそれ以上とも発表されているハイチ。なんとかしなければ。
住宅エコポイント制度
朝、八文字屋に立つ。その後、ダム関連のミーティング。昼前に山形へ出発。「木造住宅のエコ対策と住宅版エコポイント制度」という学習会に参加。ビッグウィングに一杯の人に正直驚く。住宅版のエコポイントについては、年頭に新聞にでて興味を覚えていた。北海道の住空間を研究し続けている北方建築総合研究所 鈴木氏の講演では、断熱材の考え方をはじめ、諸々今後、シフトしていかねばならない要素が示されていて興味深く拝聴。住宅エコポイントの事業は1000億円の事業費と聞く。これでどれだけのCo2削減に貢献できるか。グリーンニューディールのあり方として注目していきたい。今日はとりあえず。








