持続可能な鶴岡ブログ

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月別ア―カイブ: 7月 2005

地下水利用対策協議会 傍聴


7月25日、地下水利用対策協議会が、羽黒町であり、傍聴希望を申し入れ、傍聴す。

 この会は、持続可能な地下水利用のためにつくられた会だが、これまでも、視察のあり方や、地域にいる水文学者などが全く参画てきていない状況の中で進められていて僕は問題視していた。議案については何の質疑も、意見もなく第一号、2号についてそのまま、拍手で承認。17年度の予算案も役員改選案も全く異論ないまま承認。

僕は、議会で、本来の専門家が入れていないこの会の姿勢や、地下水とは全く違うところに「視察」を繰りかえしている問題を指摘してきた。
 昨年は、最上川の五月雨大堰の視察をおこない、今年度は八郎潟干拓地 干拓事業や 水蒸気を利用して発電をする地熱発電所 (湯沢市)について学んでくるのだそうだ。

地下水先進地である熊本市では、かの柴崎先生を中心とし、地元銀行が出資して研究会をつくり、こうした会が、真摯に上流部から下流部までの流域連携のあり方や地下水盆の研究をおこなっており、「農を守って水を守る」手法など、様々な方策が展開されている。
 
 こうした先進地に学ぶべきではないだろうか。
 


海水浴場とゴミ問題


先週末、夏休み最初の日曜日と月曜日の朝5時、湯野浜海水浴場へ。海水浴にともなうゴミの実態の調査と早朝クリーンアップである。初回の日曜日、花火ゴミ、タバコの吸い殻など、結構散乱していて、大きいものを集めていくだけで1時間ほどで5つのゴミ袋は一杯になった。あまりひどいので、以前、FMなどでも呼びかけた「ベアフット宣言!(裸足)」という表示をかかげて、昼に海水浴客に、ポケッタブルのタバコの吸い殻入れを手渡しながら呼びかけていく。これも1時間で100件はいけたかな。中にはきちんとタバコの灰皿入れを持参していた人もいたけれど、ほとんどは、砂浜にねじ込んでいた。世界中で一斉統計をしながらのクリーンアップでは毎年タバコのフィルターがダントツ1番ということでランキングする。これを亀とか海洋生物が食べて死ぬ。それから、プラスチックゴミについては粉々になっても分解されず、結局は太陽光線が海底にとどかなくなる。 タバコのフィルターやプラスチックゴミの問題は実は深刻な環境汚染なのだ。こんな視点を少しでももっていただいたら、少しは意識が変わるのではないかと思い、表示板を首から提げて歩きながらよタバコの吸い殻入れを渡して歩いた。たいていは、「ありがとう、ご苦労様です」といって受け取ってくれた。
 呼びかけ文を表示させていただき、帰宅。25日の朝6時ごろ、もう一度、海水浴場へ。ゴミの具合はどうか? うーむ。花火ごみが階段のところに散乱。食いかけの吸い殻入れと一緒に浜辺に捨ててあるのを発見。浜辺を見ていたら配った吸い殻入れと一緒に砂にねじ込んであるのが2件。うーむ。それと、駐車場にゴミ袋と一緒に放置したり、散乱し、カラスがつついているのを発見。袋ごと捨てていっている。駐車場管理の方々が「これはひどいわ」といってゴミを集めていた。しばし一緒にゴミを拾った。
 とにかく毎週でも呼びかけるしかないか。
 

地域開発論について


昨日、このところ取り組んできたパドル(議会報告)完成!鶴岡市内のみなさんには鶴岡タイムスに折り込まれて配布されます。一人でも多くの方が読んでくださる事を祈る。今、やはり僕の大いなる関心事はこれからのこの地域の次をどうするかということ。K大学への投資によるバイオベンチャーによる産業集積ということが今、鶴岡の重要施策になっているわけだけれど、僕としては、こうした投資や地域開発にこそチェックアンドバランスを果たさなければと感じている。

また、議会では何度も提言しているのだけれど、今でも750兆円の借金のあるこの国、そして、高齢社会化の進行のもと、右肩下がりの経済の中で、ここでは何をやるのかということが問われる。
 特に鶴岡で、何をやるのか。バイオベンチャーの産業集積事業は、一体どうとらえるべきなのか。

地域開発論を今、いろいろと勉強中。右肩あがりの時は全総などに従ってそれこそ列島改造論などといって巨大開発が続いた。とにかく予算がつくように手をあげて、補助金を獲得し開発する。五十嵐敬喜先生のゼミで相当学ばせて頂いたが、無駄で住民にとってはそれこそ「アメニティの破壊」たる公共事業が続いてそして、巨大が金が投資される事業なのにもかかわらず地域経済には何のメリットがなかったりもした。それが「外来型開発。そこで、そのオルタナティブとして「内発的発展」が問われている。

「内発的発展」とは、「地域の企業・組合などの団体や個人が自発的な学習により計画をたて、自主的な技術開発をもとにして、値域の環境を保全しつつ資源を合理的に利用し、その文化に根ざした経済発展をしながら、地方自治体の手で住民福祉を向上させていくような地域開発」と 宮本憲一 先生(大阪市立大学名誉教授)は定義する。

第一に、地域開発が大企業や政府の事業としてでなく、地元の技術、産業、文化をどだいにして、地域内 の市場を主な対象として、地域の住民が学習し、計画し、経営するものであること。その意味で、「反体制的」と自称するほど自発的エネルギーをもつ必要があること。

第二に、環境保全の枠の中で開発を考え、自然の保全や美しい町並みをつくるというアメニティを中心の目的とし、福祉や文化が総合され、なによりも地元住民の人権の確立を求める総合目的をもっていること。

第三に、産業開発を特定業種に限定せず、複雑な産業部門にわたるようにして、付加価値があらゆる段階で地元に帰属するような地域産業連関を図ること。

第四に、住民参加の制度をつくり、自治体が住民の意思を体して、その計画によるように、資本や土地利用を規制しうる自治権をもつこと。


これは、宮本先生が1982年に定義したものだが、今後の地域政策の確かな大切な軸だと思う。また、この中のアメニティというところをもう一度考えるならば、やはり僕としてはこの鶴岡の、だんだん最近は隠されつつあるが、ずっと問題視し続けてきた水の問題を問わなければいけないと感じるのだ。

ダムの水が鶴岡市内にひかれて、確実に鶴岡がもちつづけてきた大きなアメニティが損なわれた。月山を起点とする赤川扇状地の伏流水や地下水を飲み続けてきた「つながり」が断たれたのだ。毎日の暮らしにとって「水」が有するアメニティというものは、今、水道水の1000倍もの金をかけてガソリンより高い水を買う時代になって、もっと語り合い、定義づけをしないといけないと強く考えている。
 信州大学の中本先生は、日本の緩速濾過のスローウォーターの大家であるが、2年前の水郷水都全国会議 鶴岡大会で、「北欧では塩素が全くはいらない水道水を飲んでいるし、塩素が毒ということは常識になっている。だから、地下水や湧水ベースの水源地は宝もののように大事にして保全し、持続可能な利用を考えるし、緩速濾過浄水法が主流なのだ」と。塩素漬けの水を奨励し、「水源開発」と称して地下水源や湧水を放棄しどんどんダムと急速濾過の水に変えているのは日本ぐらいの話なのではないか。
 鶴岡ではダム水に切り替えた2001年10月以降、確実に暮らしが変わった。地下水が豊富にあっても14本も行政が井戸をつぶし、わざわざダム水を水道管で流し、水道料金がこの5年間で2倍にも高騰し、その上、市民の多くが飲料水にはペットボトルの水やスーパーのイオン水やピュアウォータを買い求めなくてはいけない。そして高額な浄水器メーカーの格好の営業先になっている。冬蛇口の水は顔を洗えないくらい冷たい。(2度とか3度)夏はぬるく「寿司のネタがしまらない」と苦情の電話を頂戴した。
 宮本先生が指摘した環境問題とはもっともっと深刻な公害の事なのだけれど、僕は鶴岡で起きているアメニティの変化というものこそ、今の時代、とらえ直しそれに答えていくような政治のあり方でなければと感じている

今発売号のSOTOKOTO8月号に「LOHASな政治」として登場してしまった。お恥ずかしいが、ちょっとだけLOHASについて。
「SOTOKOTO ソトコト」誌は、エコロジーや環境を軸にした情報誌。もとブルータスの副編集長さんが手がけているだけにクールな雑誌でもある。

LOHAS (Life stile of health and sustainability)な政治の第一歩とは、まずは、僕らの「眠っていた感覚を取り戻すことではないか。美しさやかけがえのないものにまずはもう一度きづき直していくところからはじまるのではないか。そしてその人々にかけがえのない快感をもたらす美しさやアメニティを破壊する開発行為や真に公益ではなく、道路公団談合事件のように私益にはしったりする行為の理不尽に真っ向から立ち向かう政治の事ではないか。
 そして現場主義で行動し、考えながら、0から1を生み出す、カルチャークリエイティブな政治ではないか。

なーんて、格好よすぎるか。





三次市 合併問題視察 


合併問題の視察。広島県 三次市。16年4月に合併 合併後の人口61165人。面積778,19平方キロ。1市3村4町で合併したところである。1時間ぐらい説明をうけた後、いろいろと質問す。三次市の場合、リーダーである三次市長がかなり住民自治を強調し、わかりやすく協働できる。ボトムアップ型の提案をどんどんできる市役所運営をやっていたようで、合併協議会の中にも「新市住民自治のまちづくり計画」委員会とうのがつくられていて、合併後は自治振興室を組織内につくり、「まちづくりサポートセンターを設け、各支所のサポート体制をつくり、一極集中による弊害をカバーしようとしていた。また、合併を契機に16年当初から、行政評価システムを導入。外部公募委員によるアドバイザー会議も設け、外部チェックもともないながら、進めている。また、市民と行政の行財政改革基本理念として「透明、参加、選択」とし、行革がすすんでいる。「市民参画の行政改革」を強調した姿勢は、「あたらしい公共」をつくろうという意志を明確に感じた。課の名前も「さわやか市民室」「元気な商工室」など、市民にできるだけ親しみやすいようにと名前を付け替えたそうで、担当者もマネージャーと名乗る。聞けば行政職員はユニットという3名が基本で一つの単位となっていて、異なる業務情報を共有し、いつ市民が尋ねてきても対応できるシステムがつくられている。それが集まってグループができていて、グループマネージャがいる。行政担当者も実にフランクで風通しの良さを感じた。気になったのは、合併にともなって、100人退職したということ。環境の変化を意識してだろうか。いずれにしても「改革自治体」像をともないながら進んだ合併と感じ、好感をもった。合併後もリーダーたる市がどういう姿勢かが問われる。

川とゴミ


今日はなんだか一日川の日だった。朝6時。河川一斉清掃デイ。内川周辺。鳥居町の町内会では苗津川との合流点をうけもっていて、それに合流する。以前、川を下ったときも、要は水辺の近くのビニル系ゴミが気になっていたので、重点的に護岸の上からビニル袋をみつけるとそれをひっぱってとるということを繰り返していた。コンビニやスーパーのプラスチック袋。結構あった。他には農業用のマルチ栽培用とおぼしき長ーい、ビニル。感触的には、これは何層にもなっているんじゃないかと思えるぐらい、とってもとっても次が見つかるのだった。途中、うっかり足が護岸から滑ってドボンと川にはまり、一人ずぶぬれ状態で「ご苦労さん」ということになったが、ま、これもご愛敬。
 その後、あまりに太陽がまぶしかったのと、以前から、「カヌー教えて」のリクエストに応え、赤川カヌーへ。月山がくっきりと見える羽黒橋付近からはじめて、三川町の旧もぐり橋まで、実質2時間半ぐらいのコースだ。定番コースだがひさしぶり。ちょっと増水気味だが、流れ具合はちょうどいい。カワセミを2羽発見。そして、川に突き出ている枝のほとんどにはビニル袋やビニル系ゴミがひっかかっていた。増水の時についたらしく、結構高い位置にいっぱいついていた。「やれやれ」と思いながら下ることになるのだけれど、川からの発見は貴重だと思う。ビニル袋も、たばこの吸い殻フィルターも、町でポイ投げされると風でとばされ水路にでる。そして川に、海にいくことになる。今回はじめてだった人は「おもしれー」を連発。川でパドルで水をつかみ、自由に自分のところへいく感覚は、まさに「原始」に僕らをもどしてくれる。

「やってみたい」という方はお気軽にメールを。 stern8@mac.com
コモンズにもどってからパル前にて街頭演説。

月山 開山祭。


毎年7月1日は日常の諸々を排して山にいます。月山開山祭。今年はあいにくの雨だったのだけれど、クロユリやヒナウスユキソウなど可憐な高山植物にも会え、そして多くの月山を慕う方々とともに月山頂上で開山を祝いました。頂上には昨年に完成したバイオトイレがお目見えしており、それを動かすための風力と太陽光のハイブリッド発電機もありました。仕上がったばかりの今年の月山炎のまつりのポスターやちらしを持参。頂上小屋でおうかがいしたお話によれば西川側からの登山客に比べると庄内からの登山者はその3分の1なのだとか。玄関口としての鶴岡の役割が問われてくるなーと感じました。山道を歩きながら、これから僕は何をなすべきか、自問自答。常に原点を忘れず、行動し考える。僕の原点とは何か。まずは水。だ。

いろいろこの間考えて、ある時patagoniaから依頼を受けて書いた一文を思い出した。

転載する 
patagonia カタログ1999春。

「ネオ川の民宣言」

 2620カ所。日本にはダム(提高15m以上のダム)がこんなにある。そして今もなお
300箇所以上のダム建設が進んでいる。ダム先進国だったアメリカでは、建設コスト
に見合う経済効果が乏しい点や生態系へ悪影響、ダム誘発災害などを理由に1994年、
開墾局で「ダムの時代の終焉」宣言がおこなわれ、先進国各国ではダム建設をほぼ止
めている。それなのにである。その上日本企業はアジア各地でダム建設を我が者顔で
進めている。
かつて日本は、3万本近い清流をもつ「川の国」だった。川はアユ、サケをはじめた
くさんの川魚を育て、森のエキスを運ぶその豊かな水は稲作を潤し、海をも育てた。
人はその恩恵を授かって生きてきた。そして川は物資を運び、旅をする交通の要だっ
た。心を洗い、多くの恵みをもたらし、ときに洪水時には人命を奪う川を人は神とし
て祭り、祈りを捧げ、長年つきあってきたのだ。
だがここ100年足らずで日本の川事情は一変した。建設省、ゼネコンと電力会社、そ
して政治家の癒着構造は、水源の確保や洪水の防止、電力供給を掲げ、あらゆる谷間
にダムをつくった。川は濁り、魚や川漁師、子供たちの姿は川から消え、村はダム湖
の下に次々と水没した。芭蕉や蕪村が愛し、様々な文化を育んだ豊かな清流は荒涼と
した沈黙の水路とダム湖にとってかわった。
水は足りている。洪水には代替えプランがある。最後の清流を守るべくカヌーデモを
展開した長良川の運動はついに19のダムを止めた。この官僚大国でも市民が次々と
立ち上がり勝利しはじめている。子守歌の里、五木村が沈む川辺川ダムを、吉野川の
河口堰を、他すべてのダムを今、僕らの手で止め、川を自由にしたい。カヌーで、釣
り竿をもって、川に繰り出そう。こども達を川に放とう。川に遊び、川の声を聞き、
そして僕らの声をあげよう!日本人は川を愛し、川と共に生きてきた「川の民」なの
だから。
                       WaterWatchNetwork Stern草島

月山の登山道で8合目に向かうとき、雨で山道が小川のようになっていた。透明な清流だった。これが海にいくまでこの清流をとどめていればいい。心を癒し、育むどこまでも透明な川を。そしてこの山の扇状地が蓄える澄み切った地下水の文化を。僕は忘れないし、これを、そしてこれとつながって生きる文化を、守り次の世代に送りたい。