持続可能な鶴岡ブログ

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東北自然保護の集い 小国川運動のワンステップ


16、17日と、山形県最上町 赤倉温泉にて、東北自然保護の集いが行われた。
山形県で髄一といえる清流 最上小国川。今回の集いはダムと公共事業と題して、小国川ダム計画をふまえつつ、おこなわれた。
基調講演は天野礼子氏。
岩手から、ツヅキダム、梁瀬ダムの反対運動を展開しているアクティビストがきていて、最上小国川に取り組んでいる漁協とともに、2日間、議論をし合った。僕はダム分科会書記や2日目の特別企画などを努めさせていただいた。梁瀬ダムは盛岡の郊外に計画されているダム。未だに盛岡の水道水とか、「利水」目的を含んだ、多目的ダムと聞いてがく然とする。強行されれば、月山ダムの二の舞いを踏むことは明らかだ。
 ツヅキダムは、カキ養殖で有名な岩手三陸海岸へ注ぐ気仙川に計画中のダム。こちらも多目的だったが、さすがに利水利用はカットされて治水穴あきダムということで計画されている。 そして小国川ダムは、穴あきダムだ。

今、全国でこの「穴あきダム」が大はやりのようだ、堤体の底に近いところに穴が開いていて、普通のときは、その穴から水を流し、洪水時にだけダムで止めるといった治水!? 手法だ。利水の根拠がなくなったから、なんとか治水でダムをつくりたい「ダム信者」たちは苦肉の策として、環境にやさしい「穴あきダム」などといっていろんなところのダム計画をつくっている。
 官僚の反省をもとに、「ダムの歴史は終った」宣言をしたダム先進国アメリカは、今、460ものダムを撤去して、自然の川をとりもどしている。「穴あきダム」などといってまだダムに固執している国の姿を彼らはどう思うことだろう。
ヨーロッパもとっくにダムに寄らない「総合治水」の時代を迎えている。
叉、海は森の恵みがもたらされもし、逆に森の栄養素としては、海から、サケの「ほっちゃれ」の養分がかかせない。

官僚がこねくりまわす、数値のマジックにのることなく、洪水や水害の情報を古老に聞いて回る。それが「総合治水」の第一歩だ。

今回の集いから、「脱ダムネットワーク東北」を東北全県に呼びかけること、そして、現地では「最上川・最上小国川の真の治水を考える会」を正式にこの10月17日、立ち上げた。いましがた戻ってきたところ。ふう。

バウさん出発。明日から東北自然保護のつどい


酒田の講演会を終えて、バウさんは軽トラックで出発した。
体はボロボロ。昨日、湯田川のお湯で癒そうと湯田川温泉の旅館に泊めたけど、あまり体の調子はかわらなそうだ。この人一人で行動させてはいけない。僕らも負けてはいられない。夢をもって、行動しよう。バウさんの背中、いや軽トラックのテールランプを見ながらそんな投げかけを強く感じた。

 明日からの東北自然保護の集いの準備におわれて気がついたら朝4時だ。9時に天野さんを迎えにいかねばならない。よっしゃ!

9.11は陰謀です。目を覚ましましょう。




すごいエネルギーを感じた一日だった。バウさんが、鶴岡にやってきた。今回は、軽トラックでの全国行脚。神戸元気村の代表者。そしてopenjapan のバウ 山田和尚を囲んで問題のVTRを見つつ、カフェコモンズで語り合おうという企画。

「9.11ボーイングを探せ」は、まさに信念をもって「陰謀」の事実をつきとめようとしたラジオディレクター Dave vonKleistによる明快なVTRだった。そしてうれしいことに昨日、日本語版が完成し、それをもってバウさんは全国を回っている。

「ペンタゴンには旅客機が突っ込んでない」
「WTCに突っ込んだのは、旅客機ではない。WTCには崩壊のための爆薬がしかけられていた。」
 「説」ではなくて「事実」なのだ。あの巨大大国で、メディア大国で、真実が完ぺきにねじ曲げられている。

ほんとうの事が隠されていた! VTRを見ながら僕は心の中でそう叫んだ。
ほんとうの事が隠されていた! といえば、月山ダムの事も、今回の市町村合併の問題もボンボンと浮かんできた。

バウさんは言う「日本語版ができました。でもこれは日本語版を見て満足する日本人を増やしたいんじゃないんです。一人でも多くの人がこれを見て、米国人に、特に米国軍人に、英語版のビデオを見せて欲しいんです」

上映とバウさんの話の後、カフェでいろんな話に花がさいた。学校の先生で平和問題に取り組んでいる人が「平和の教育」の悩みをうちあけると、「ちょっと集まって」とバウさんが一つの輪をつくって話し始めた。

世界の「平和」に至るどこにあると思いますか? とバウさんは問いかけた。みんなはたと首をかしげた。
 国際的な司法機関があれば解決できる。そして当面の目標といえば国境をなくすこと。だ。と。国際司法裁判所 はあるが、肝心のところが批准してない。戦争を景気対策だと思っている国が、戦争をしたいがために(日本は年間予算80兆円の内5兆円を軍事費に使っている。)批准しないのだ。と。
 そして国境の事をいえば、EUが見本だ。と。いろんな難問があるだろうけれど、なんとかそれを解決する政治が立ち上がってEUが成立しているじゃないか。と。あれこそ政治の力なんじゃないかと。そして、今、経済界ではユーロの方が一国主義の米国のドルよりも信頼性がある。と。
 昔、岐阜と新潟が戦争をしていた。この国の中でもお互い戦争していた。でも今はそれはほとんど笑い話になっている。国の問題だって、きっとそんな時がくる。バウさんは言う。
 
僕らは間違った「政治」に飼いならされているのかもしれない。

本当のことに目を開き、文化度をあげよう! そのために動くことです!
バウさんの一言だ。

本日は酒田の勤労者会館で午後6時半から講演がある。興味のある方はぜひ見て欲しい。

僕もこのVTRを世に広めるために動くことにした。見たい方はぜひご連絡を。
マスターを受け取りました。日本語版制作費のカンパでダビングしてお渡しします。
090-4388-3872 

また、コモンズでいつでも上映(テレビですが)します。どうぞお気軽にお問い合わせを。





山形県公共事業再評価委員会傍聴


今日は、午前中議会だより編集委員会 終ってから車を走らせて山形県庁へ、。
最上小国川の公共事業再評価委員会があるからである。
県庁2階の講堂で、最上小国川漁協 沼沢氏らとともに傍聴する。
再評価委員会 最上小国川は、Cー2。蔵王の道路整備事業とともに説明を受け、委員の方々の意見交換を聞く。最上小国川は、県提案としては穴あきダムと河道拡幅。
穴あきダムはいつもはダムがないときのように川が流れるので生態系への影響はなし。というのだが、どうだろう。また、前半に今年の7月18日に撮影したという赤倉温泉の増水の模様が画面に映し出され、委員の方に効果的にインパクトを与えていた。うまい演出だなと思った。

 上流にいくらダムをつくっても支川が流れ込む下流域の水害はふせぎきれない。そして赤倉温泉地域の治水の対策としては、今現在、堤防上に建物が建っているようなその状況を変えることこそ先決なのではないか。 

やりとりを聞きながらも、いろん疑問がわいてくる。 今日、この委員会の前に、神室の自然を守る会から、一連の疑問についての申し入れ書が委員全員に手渡された。

8名の委員の内、本日は6名。山大工学部の先生、弁護士の先生、女性委員4名が穴あきダム案にほぼ賛成のようだった。2名の方は在る意味懐疑的だった。河川の自然生態や、ダム、放水路案による影響など、まだまだ、判断できる情報がそろっていないのではないか ということが県に問われた。川が今のままである価値。ダムのない価値。そうしたものをいま、推し量る手法もある。今の議論が、「技術の自治」といった河川思想の元で語り合えているかといったら、どうも違うのではないか。治水といえばダム。なぜかといえば予算を付けやすい。(国がほとんどめんどうを見てくれる仕組みがあるから) だから、いちいち河道拡幅するよりも面倒がなく、そして県の予算をともすればさほど使わなくてもすむ。
 そうした中でダム案が推進されているだけだ。 

さて、最上小国川では、今週末の16,17と東北自然保護の集いが催される
次のスケジュール。

第25回東北自然保護の集い 山形大会
ダム開発と公共事業を考える。
        主催 東北自然保護団体連絡会
第25回「東北自然保護のつどい」は、義経伝説と松尾芭蕉の足跡があり、全国的にも有名な清流小国川が流れる山形県最上町で開催されます。この集いは1980年に山形県朝日村で開催してから、各県持ち回りで継続して4分の1世紀を経過しました。この間、多くの困難を経験しながら東北の色々な課題に取り組んできました。
 今回は、この清流小国川にダムが建設されようとしている赤倉温泉を会場に「ダムと公共事業」をメインに据えて開催します。そして東北自然保護運動の新たな展望をもちあえる「集い」にしたいと思います。ぜひ多くの会員の参加をお願いします。


1日時 10月16日(土)13:00〜17日(日)11:30
2場所 山形県最上町赤倉温泉 お湯トピア (大会会場)
               湯守りの宿「三之丞」(夕食・交流会・宿泊)
3日程 10月16日 12時〜 受付
           13時〜13時15 開会
           13時15〜14時45 基調講演
           講師 天野礼子 「国内外のダム開発とその課題」
●森から川 川から海の連なりをとりもどすために
           14時45〜15時 休憩
           15時〜  16時 現地報告
           16時〜  17時 分科会

第一分科会 「ダム開発と公共事業を考える」
第二分科会 「あらためて林野行政を考える」
第三分科会「これからの東北の自然保護運動を考える」

17時〜18時 休憩
18時〜21時 夕食・交流会 

17日  7時30〜8時 朝食
     8時30〜10時30 分科会
     10時40〜11時30 全体会
    11時30〜12時   大会アピール採択 閉会
   
12時30分〜 14時30分 現地研修会  (希望者のみ)
特別セッション「もっと知りたい小国川ダム計画」午後1時〜4時
        現地視察と県の説明 質疑応答

集いのみ 1000円 集い+交流会 6000円 宿泊込み 15000円
参加申し込み 〒996−0033 山形県新庄市 下金沢町16-35 海藤方 神室山系の自然を守る会 海藤さん 0237-22-8713


おのずから然りなり 「無事」な川とは。 内山節 先生


遊佐で「川のめぐみと共に生きる」環鳥海山のフォーラムといった興味深げなシンポジウムがあり、哲学者の内山 節 先生がいらっしゃるということで足を運んだ。

国土交通省 県河川などが勢ぞろいした顔ぶれの中で、内山先生は、はっきりとこれまでのダムや堰にたよりきった川の河川改修のやり方を否定し、大熊先生と同じように新たな「技術の自治」の視点をもって、川との生き方を模索しなくてはいけないという、新たな指針をいただいた。とても貴重な、山形県にとっては歴史的な講演だったのではないか。 以下、聞きながらパソコンで打った速記メモです。意味不明のところもあるとは思いますが、ご勘弁。

私が生まれたのは東京都世田谷区です。世田谷でも清水が至る所で流れていた。5歳ぐらいから魚を釣っていた。
多摩川 99%は下水の処理水からなる川
多摩川の魚
魚釣り 村の生活 150坪の畑   ふろは薪ではいっている。

上野村   人間の営みと自然との調和点のような完成された景色

利根川 江戸時代 大変な自然破壊
利根川の洪水対策 流れそのものを変える
にもかかわらず、自然が豊かな川
大改修しながらも。 

昔から河川改修はおこなわれてきた。
そのころは、川は川らしかった。
戦後の工事っでは川は川らしくなくなった。

川釣りしていると 日本の川は燦々たる状況。30年前から比べると、魚のつれ方は10分の1、今は9割方、放流魚。
最近はうぐいまで放流。まったくなさけない。

1600人の山 それくらい魚が減っている。

この原因ははっきりしていて、、、 最近は稚魚をめっきり見なくなった。
釣りをしていても、 今はてんからしかしないんで比較的大きいのしか釣らないが、えさ釣りだと小さいのもかかる
10センチぐらいとか、小さい魚はいない。
川が、再生産能力を失っている。
川に産卵場所がない。 

なぜかといえば、川底が埋まっているから。 いっぺん川の水が流れ込んで、石の下からあがっていく。そうした川そこが必要。でも、今はべたっと、川底が埋まってしまっている。 
この原因は、川にダム、堰堤がありすぎるということ。

● 林道の工事によって川がうまっていく。
田んぼをもっていない。

●川とはなんだろうか。ということを考え直さなくてはいけない。

釣り 農業用水の集水 水量の多い川 物資の運搬手段
川舟があって、物資を運んでいる。
輸送にも使うし、川岸の植物も採取する。鴨猟もする。
大根を洗う、農業用水を使う。多様な利用があった。

その多様な利用から、現在は限られた利用になっている。
農業用水 集水堰 ダムなどに変わった。

水田  昔の水田 稲作だけではない。 水田漁業。 どじょう たにしをとる。水田 漁場として機能していた。

どじょうがはいっていた。
 
田んぼの中の水辺の世界 はかなりの漁獲高をもっていた。
食文化の中では稲にやってくる いなご。 タガメ、ゲンゴロウを食料として田んぼの世界からとっていた。

今の水田から、その漁業的な機能が消えてしまった。
牛馬にはあぜの草の方がよかった。
新潟平野では、あぜ道には桐の木を植える。 あぜ道林業 

かつての農村の世界  主たる目的は、米、水産業 桐をうえて林業 上手に利用体系をつくってきた。

川 川は多目的に利用する。 
千曲川 信濃川の源流域 江戸時代 長野県 上田 上田市で、サケを5万匹とっていた。 松本市でも5万匹。 上田、松本で10万匹。
今は一匹もあがってこない。 JRのダムによってあがることができない。

川が川らしかったときの生産力はべらぼうなものだったのではないか。
今では0になった。
工業生産力 自然が本来もっていた生産力とはどれくらいのものなのか。、

当時の日本。千葉のところで大熊さん 当時の東京湾の生産力で餓死することがなかった。あさりの話。国やぶれて山河ありということが、都市の近郊でもあったんだな。

今はどうか、当時はできたことが、今はできない。今は困窮した人を救える豊かさはないのではないか。

昔は、山にはいれば、1年ぐらい生きれる人がいた。

「川のめぐみと共に生きる」
川にはいればヤマメが無尽蔵ではないし、守りにはいっても

日本社会は発展をしたけれど、自然の豊かさを激しくそこなってしまった。

川とは何か。源流からはじまって、海まで流れていく。
源流の沢といわなの物語 下流には、農村と川の物語
流れとともに、川の物語を紡いでいく。 その中で多様な川

明治以降 川の物語が消えていく 歴史だった。

川の問題になると 水の問題だけになってしまう。
これだけの過密人口を支えるにはやらざるをえない

川の流れとともにつくられてきた人の営みの物語の世界をどこかに置いてきてしまった。
大変な禍根を残しているという気がします。

川は流域の人たちのものだった。 利根川という川自体には利根川の流域の人たちの技術がつかわれてきた。 農業技術だとか、農民の知恵が使われて、その積み上げの上に江戸幕府が大金をつんでおこなっている。
工事をになった技術は流域の人たちの技術。

和歌山県の農家の人たちには 専門の土木技術をもった村があった。

軸になっていたのは、地域の人たちの発想。 それこそが河川を改修する原動力だった。
明治になってから、国の指導下により河川改修されていった。

川と地域の人との距離が遠くなっていく歴史。
これが、日本の川を変えてしまった基礎になってしまった。

現象としては、ここにダム

川は、地域の人のものだ。流域の人のものだ。ということ。
自分たちの発想で、逆に公の力を使うという発想でないと、本当に川を知らない人の管理になってしまう。

川というのは一本一本違う。 雪解けがはいる川 3日間で2000mを越える川もある。一本一本性格の違う川を  川は絶対によくならない。

大熊孝先生の書物に、  小学校の校歌の飲用 川はときどきあふれてきて浸水させるが、洪水をおこして地域で暮らすわたしたちを鍛えてくれる。
もともとの地域の人たちは、洪水への気持ちというものをもっていたのでしょうl。
そういう意味合いを昔の人はもっていたのでしょう。

● 最近、川 というと 自然、そして、保護という言葉をよく使う。

しか

三川町議会合併反対を議決。


10月6日、委員会で、合併案件の審議をおこなう。
「いいがかり」とした根拠として、市としては、合併して16年後、どうみているのか、更に尋ねる。「ある財政学の先生は、『合併の財政措置が終れば地方財政は地獄』と指摘し、合併して10年の間によほどのリストラを進めないと破綻する。」と指摘しているがが、実際問題としてそうした財政危機についての捕らえ方はあるか」と聞く。すると総務部長「そんなどこの先生かしらないが、そうした論をこうした議会で発言されるのは  無責任ではないか」と発言した。「そうした指摘による不安を解消したいから質問をしている。それに根拠を示しながら答えられないあなた方こそ無責任だ」 それで、他の市町村では20年先のシミュレーションが出せているのになんでここでは出せないんだ? と再び尋ねると、「10年先までの建設計画を立てているからです」と答える。全然おかしい。あきれて、質問を終える。
 
 以下、特に行政側の説明責任と、住民意思の確認の必要性を求めて、合併案に反対の立場で討論をする。大体の要旨を示しておきたい。

● 基本的には、この市町村合併は、はじめから、地域住民の要望からくるものではなく国の政治のこれまでのモラルハザードといえる公共投資から発生した700兆を越える借金をなんとかしたいというところからくる強制合併であると感じる。
しかしながら今後、少子高齢化で人口減少、右肩下がりの時代をむかえる中、在る程度、町村が合併をし、自治権をもって、自律的に財政力と責任をもって自治体を運営をすることについては一定の理解をしつつ、合併問題を議論してきた。
 この市町村合併のプロセスの中で、数多くの行政情報が住民に共有され、現状のままではなかなかできないでいた、生活者の起点の自治運営のための意識改革や変革ができ、この地域では月山を起点に展開する自然資源の生態生命圏をいかしながら、新市をかたちづくることができるならば、合併も選択肢のひとつではないかと思いつつ、議論し、叉、協議手法などについても行政評価システムの考え方の導入や、住民参加の手法など、提案をつづけてきたものである。

 改革をともなった合併としては、中長期的な財政計画など、展望を具体的に把握しながら、合併という手段を通じて、この地域のなんの問題を解決し、何を将来生み出すのか、住民全体で共有すべき目標が明確であることが大事だ。叉、行政スタイルを統治型から市民と行政が生活の場で協働する参加型の行政スタイルへ変える行政側の意識改革姿勢が必要で在ると考える。

しかし、残念ながら、協議会では、致命的な欠陥として、合併後の財政計画が、10年までしか示されず、現在多くの市町村で20年後までの財政計画が示されながら議論されている合併後の財政危機という状況については不安要素を解決するに至らなかった。
 また、当市としても最も重要な改革として、新市ビジョンでうたわれている「協働」社会を実現するため、住民参加を充実させることをや行政情報の共有がおこなわれてきたか、住民自治を尊重しつつ、ありとあらゆる工夫をこらして、市民参画をはかり、徹底した議論の上で、新しい市の構想が、きずきあげられてきたか。みんながみんな納得できなくても、可能な限り議論をつくす姿勢やしくみは果たしてあったのだろうか。と疑問をもつ。
 
今、鶴岡市内の住民の多くは、漠然とした不安を感じている。こうした状況で、今後いずれにしても厳しくなると予想される時代の「協働型」の施策に、共に取り組むことができるのか、大いに不安になるものである。

これはこれまでの当局の説明の手法のまずさ、叉、究極の住民参加の手法である住民投票や、意識づけをしっかりとおこなった上でのアンケートなどをおこなわないできた事。まず、合併ありきで、一方的な情報しか与えなかったこと。叉、肝心の公共サービスについて、変化をともなうものの大半が先送りにされてきた事。などが原因である。

 ハガキによる意識調査がおこなわれたが、項目も設けず、目的の意識づけもおこなわなかったため、回収率も悪く、アリバイ型の住民参加の手法であったと感じる。

 また、新市構想の中での地域ビジョンは、合併する前の市町村の総合計画を最大限「尊重」するなどとたかたちで終始しており、地域全体として一体感のある地域像がなかなか見えてこないことと、その地域像づくりに、十分な住民の参加がはかられていないため、結局は役所起点でつくりあげられたものになっている。また、それを基にしたといわれる新市での主要事業であるが、これも地域の一体感のあるものがないため、それぞれの旧市町村ばらばらの発想で、地域全体の戦略が見えない形になっている。
 
 また、新市の主要事業としては「多くは新市の市長や議会で」といっている中、鶴岡市のサイエンスパーク構想だけが特に先行されているようだが、バイオ企業の集積という内容自体がなかなか住民に理解されにくい状況で、これを十分な見通しも説明責任もなく進んでいることもあり、合併後の姿を更に分かりにくくしているのではないか。この事業自体には、厳しい財政運営上、公的投資について疑問があり、より正確な見極めを求める。

以上、
要するに、現段階での市町村合併は、肝心の事が住民に示されず、進められており、そのプロセスにおいて、住民の参加は不十分であり、また明確な意思確認することなく、進められた合併論議である
 このままでは、今日的な自治体改革をともなった、志高い合併のあり方と判断することはできないし、叉、右肩下がりの時代の厳しい財政事情の中でも本質的に自律した、持続可能な、活き活きとした住民の姿や住民の側を向いて創意工夫をおこなう自治体像は描くことができない。

住民の参画をともなった本質的な改革を強く求め、もしも合併をするとしたら、
本来的な住民起点の合併を求めて、反対をする。

以上。である。

8日は、これを参考に、みどり21の討論として石川一郎議員が反対の立場で討論。



 
 

10月8日。7市町村の合併の議決がおこなわれた。
議会で

総括質問 「16年後にがくりと減る財政予測はいいがかり!?


うーむ。なぜ、鶴岡市は、財政計画を示さないのだ?
本日、合併についての総括質問をおこなう。
ニセコ町の周辺では20年後までの財政見通しをたてている。他、新潟などもろもろのところでも財政計画は20年後まで出して合併するとき、しないときを比較している。市長は、今日、16年後にがくりと減る財政予測は「いいがかり」などと称しながら、長期財政計画なんてムダといわんばかりに、「16年後には、標準値に戻るんです」と言った。
 合併特例債は、結局は今想定しているものが使えるかわからない。との事だ。
サイエンスパークのことについては、「別におおげさなことではない」あいかわらずしっかりとした見通しは示さなかった。
改革、自律 キーワードは並んでいるのだが、「住民起点」「協働」という視点は欠けていると感じた。

他議員の質問に、「サイレントマジョリティ」は合併にご理解いただいている。とも答えた。

明日は委員会。よっしゃ。

さあ、合併論議の総括質疑!


10月4日、市町村合併の調印式がおこなわれた。
本日より臨時議会 総括質問で議場に立つ。
3日の日に、ニセコ町で田中知事の講演会があったそうだ。ニセコ町のまちづくりと今後の市町村合併への対応策は、今注目すべきところがある。
http://www.town.niseko.hokkaido.jp/main/index.cfm

今後の合併是非判断のための参考資料としてご活用ください。として、財政危機突破計画を策定し、合併する場合と合併しない場合を比較するということを真摯に行い、住民に示している。

鶴岡周辺はどうか? うーむ。

10.1


2004.10.1

●鶴岡市を含む七市町村で、今、10月8日、最終の議決がおこなわれる。三川町議会が離脱決議をおこない、ちょっとわさわさとし始めている。

●真の民主主義がつらぬかれていたのか?

僕は、今、なんだか釈然としない思いで、この合併論議に臨んでいる。住民はどれだけこの議論に参加したのか、説明はつくされたのか、議論はつくされたのか、合併後の姿は見えているのか、住民は合併後の希望の光に満ちているのか。某コミュニティ紙で、三川の離脱決議を「失礼だ」などと公言している方もいるようだが、その姿勢に果たして真の民主主義はあるか、否である。
 僕は、100年の計といいながら、都合の悪いことにフタをしたまま、ほとんど市民と心からの対話をせずに粛々と、今の国と役所の都合で進んでいた合併の議論が、これで少し本質的に議論らしくなるかもしれないといった事を思いながら見守っている。枠組みを組み直すなどの行政側からみたら「余計な」「予想外の」プロセスを踏みながら、議論がすこしでも深いものになり、当事者意識をもつ人が一人でも多くなることこそ、明るい未来につながるのではないかと思うからだ。

 結局、協議会は25回開かれたけれども、本質的な地域の問題解決のための議論になっていただろうか。傍聴席にいても、心躍るような本質をついた議論があったろうか、行政効率論のみで、団体自治の立場で役所が取り決めした事項をほとんど鵜呑みしていただけではないか。いたって表面的な指摘のみでしか話し合われてこなかったのではないか。当初より指摘してきたが、協議会のメンバーは、自民党か保守基盤の議員と「有識者」といっても市長派、町長派の人々であり、各議会で、当局と口を合わせている人々による在る意味で多様性を排除した協議の場だったといえる。


合併論議を通じて、サービスの変化などを感じ取る中で、市政に対する姿勢や興味が高まるかと思えば「大方の影響のある市民サービス」は調整が先送りにされている。

 これまで、僕は、合併問題検討委員会の中で、協議会の進め方にはパブリックコメント制度をとりいれたり、市民アンケートや満足度調査、行政評価システムの導入、その考え方の導入、住民投票などについて提案をおこなってきた。しかし「やらない」の一言で片づけられた。「そんな新しいことを取り入れる余裕はないし、そんなことはフツーやっていない」ような語り口で閉ざされ続けてきた。

合併して特例期間がきれる16年後の財政シミュレーションの提示を求めても、有利な10年間しか示さず、市長自ら「だしても意味がない」の一点張りである。

そして、議会や、住民の説明会では、当局の姿勢に対し異論を唱える者がいれば、「見解の相違」の一言で片づけられる。あまりに議論にならないから、反論者は困惑したまま、「何を言ってもムダなのか」と市政から遠ざかる。

「合併しなければ破綻する」といいながら、その根拠となる肝心のデータも示さず、将来ビジョンや建設計画は、「右肩あがり」時代につくってそこから足を洗えていないままの時代の各自治体の総合計画の寄せ集めで、「特例債を使えばほぼ従来通りの行政が営める」といった市政がありありと見える。でも、合併しない時よりも厳しくなると容易に予測される、十六年後の責任をどう考えているのだろうか。

もっと言いたいことがある。

地下水協議や環境審議会に、長年その調査にあたっていた元山大教授である研究者がかたくなに排除されたままである。昨年は地下水汚染が県より指摘されながらもその状況だ。今、SOTOKOTO紙などで水門学者として重要なコメントを発している先生を、異質なものとして排除したまま、市政は営まれ続けている。

議会はどうか。時間制限一杯までの答弁書の棒読みを許していまいか。

こうした本当の民主主義を阻んでいるひとつひとつを、解決してこそ、本当の鶴岡の未来をつくることになると私は考える。

情報開示によって、異質な意見をテーブルの上に上げ、摩擦を生じながら議論をする。結果、会議の緊張度は増し結局そこで生み出される政策は精度を増すことになる。今、その姿勢はどれだけこの市政にどれだけあるか。

 水道事業を例にとろう。右肩あがりの時代に「まずダムありき」でつくられた「広域水道」というシステムは右肩下がりの時代には破綻するしかない。「計画経済」の成長主義が続いてきた国も地方自治体も、右肩下がり時代に対応するシステムをつくらずにきた。だから原則論でそのままを貫こうとする。しかし、現実が矛盾を突きつける。使用水量は九年間減少を続けている。自分のところの水を捨てて、膨大な水量のダム水を県から買わなくてはいけない。人口が減り、節水が進めばその分値上げをしなくてはいけない。量より質の時代にダム水の水質はついていけない。結局、政策の失敗のツケが市民負担となる。これは「昔決めたことだから従わなければならない」等といっている場合ではない。このダム事業費を含む水道料金をおさめているのは今の市民、そして未来の市民だからである。

「昔決めたことだから、、」といっていれば次々と「右肩下がり」に全く対応しない「裸の王様」自治体として市民から見放されるだけだ。

 ではどうするか。まずは末端の自治体政府を変革しなければいけない。市民はまず、「おかしい」と思ったら「おかしい」と言い始める事ではないか。「行動すること」ではないか。国から県、県から市町村という役所のシステムを維持するためにつくりあげてきた自治体の政府を市民のために作り替えなくてはいけない。自治体は時には国や県に補助金の枠をはめられながらつくりあげられてきたマニュアルから勇気をもってはみ出さなくてはいけない。地域で知恵と力をふりしぼって、0から1をつくりあげないといけない。それが地方分権であり、自治であり、民主主義ということなのではないだろうか。ダムや公共事業の問題の解決策の糸口は新潟大学 大熊孝教授がいう「技術の自治」ではないか。未来世代の事を考え県や国に対して、一地方自治体が時には責任を問うたり、時には、一市民であっても立ち向かうことも必要なのではないか。

こうした市民の行動がなければ、新しい「市民社会を築くシステム」はできないし、今、長野県田中知事やニセコ町逢坂町長をはじめ、「改革型」といわれる首長自らがそうした「本来の民主政治」をとりもどすための行動をおこない、少なからず日本の閉塞感を切り拓いている。

2000年12月の鶴岡市民の大事な水をめぐる住民

9月議会討論して終了。と六小のゆりのき協育セミナー


昨日、九月議会終了。十五年度決算については、総務費として、行政評価の考え方の導入、説明責任の足りなさ、という視点で、切り捨てだけになっている現状の行革のあり方への疑問を述べ、叉、地下水政策への市民の排除と本質的議論を避けているような点、先端生命科学研究所関連の、説明責任の圧倒的な不足。HPの活用の甘さ、そして合併協議については、結局三川町が離脱決議をあげる結果になっている進め方、また、市民参画の手法について。また、水道事業については、政策の失敗からくる住民負担であることを述べ、契約水量の見直しという本質に踏み込まず、小手先の料金改定に踏みとどまっている点について、また水源切り替え後に水質の悪化、水温の変化についての把握のあり方の不十分さを述べ、決算審査は反対。

●十六年度補正予算については、先端生命科学研究所予算にのみ、反対の立場で討論。知財集積の考え方や研究の成果については評価をするが、市の住民にむけた説明責任が全く果たされていないことや、今回の審議の中で、千人の雇用を生み出すとしながらも、なんの具体的な方策や見通しも示さないこと。ばく大な資金を必要とするバイオベンチャー企業について、インキュベーション施設の他の資金繰りなど、具体的な方策を何も示さず拙速に施設の増設をすることに反対。まずは、しっかりと、現在の研究の内容、また、将来の見通しなどをしっかりと責任をもって示すべき。
右肩さがりで行政評価の時代にふさわしい説明責任をもとめて反対。

●「市民の意志確認を求める。請願審査について。賛成の立場で討論。
この右肩下がりの時代、合併してもしなくても厳しいという認識が必要であり、それを乗り越えるためには、統治といったスタイルから、官、民の協働といったシステムに変換することが必要。そのためには、いかに、市政に当事者意識をもって参画する市民を育むかということが大事。で、今後のまちづくりの鍵はそこにある。住民投票などによって、意志確認をすることは、合併の議論を住民一人ひとりに、議論を深めていただく上でとても有効な方策。是が非でも実現すべきである。
 この請願には八千名を越える皆さんからご署名をいただきました。本当に感謝申しあげます。

■これら3つの討論をおこなって、九月議会は終了。その後、議員全員協議会が開かれ、十月五日よりおこなわれる合併の是非を決定する臨時議会のための議案説明がおこなわれた。四日に調印予定の協定書などを説明さる。
若干質疑がおこわれ、合併期日の延期の理由、また、協議の進め方などについて若干質疑があった。 二年間にわたる合併協議、しかし、今、どれだけの市民が次のまちづくりといえるこの合併方策の議論に参画しているだろうか。

議会終了後、産業振興センター主催の「フラットディスプレイパネルの現状と今後」とう勉強会に参加。
■9.25 私が居る学校区である第六小学校で、恒例のゆりのき協育フォーラムにいってみた。
地域の市民講師による公開事業と、PTA主催の講演会をセットにしたものだったが、なかなかいい催しだった。クラゲで水族館を盛り上げている加茂水族館飼育員のクラゲ講座には子供たちがどんどん活発に質問をおこなって、実に生き生きした授業が展開されていた。

叉、「心」をテーマに山形病院の小児精神科、古関光一先生の講演があった。
あまりに素晴らしい内容だったのでちょっと中身をお伝えしたい。

今、しつけの本が出回りすぎていはしまいか。いやしの場であるはずの「家」がしつけの場になっているから、家で癒せず明日のエネルギーがでてこないのだ。

キレル子供たちや心の教育のためにに何をすべきかというと、中教審などではしつけだ。などといっているが、そうした儒教精神「しつけ論」では解決できない。
万引きや問題行動の子供たちに「しつけ」や「怒って」も解決にはならない。特に怒っても直そうという気持ちは働かない。

現代は、母親の愛情が欠ける「母欠病」といった時代なのではないか。
こどもたちにとっても、何にでも、いつでも効く安定剤は、母親の愛情。我が子供に対しては、無条件で認める、許す、守る。そうしたことが大事。

そして5つの事を実践することをお勧めいただいた。
まず、
1,怒るな ということ。お母さんががみがみ怒るのが絶対よくない。早くおきなさいとか、片づけなさいとか、言わずに。
2,明るく お母さんがゆとりを持って、明るく振る舞うことが大事。お母さんがストレスをためないようにお父さんが司令塔となって、家族全員でサポートすることが大事。一言、「ごくろうさん」と言ってあげるべし
3,子供を信用するということ。
4,「どうもな」と、感謝する。 親に感謝されたことは忘れない。
近所の子供に接するときも、あいさつをかわして、おまけに「どうもな」とつけると
子供の顔が輝く。
5,「えらいっけな」当たり前の事を褒める。評価する。

とにかく。育つ力、育てる力は学校の集団教育の場で習う。家庭は「癒す」場。まず、怒らないでほめることが大事。思いやられた子供だけが思いやりを持つ子供になる。やさしい家庭の子供はやさしい心の子供に育つ。認められ育った子供だけが人を認める大人になる。

意外な一言、言葉の一言が、小さなしぐさが他者のとんでもないストレスとなってしまうことがある。キャパシティが小さい子供にとってはそれが蓄積されて意外な行動をひきおこす要因となってしまう。

会場は熱心にメモをとるお父さん、お母さんの姿が見れた。実にいろんなきづきを得ることができる内容だった。今、年間自殺者数3万人を超える日本で、精神医療の充実は急務だ。この先生の話で救われている人はとても多いのではないか。今年で古関さんのお話は二度目ということであったが、とにかくこの講演を企画されている六小PTAの皆さんの本気の努力に感謝を申しあげたい。僕もがんばろう。