持続可能な鶴岡ブログ

持続可能な鶴岡ブログ
トップページ > 持続可能な鶴岡ブログ

生物多様性ーブナの森のムッレ体験教室 大成功。


朝日地区 サンチュアパーク 内のブナの森で開催のブナの森でのムッレ体験教室。

防災ー大山、山の手地区での1日避難所体験プログラム 


防災ー大山、山の手地区での1日避難所体験プログラム に講師の一人として参加。
   
 

親と子のムッレ体験教室 第二弾! 10月17日


9月12日に第一弾をおこないました、親と子のムッレ教室「ブナの森で森のムッレといっしょに遊ぼう」の第二弾!


生物多様性ー生物多様性オフセット論。


本日は午前中大泉地区での市の総合防災訓練の災害ボランティアのブース。その後、宮下和男さんの講演会に。残念ながら若干しか聞けなかったが「弁当の日」の取り組み、なかなか興味深かった。
   さて、名古屋のCOP10 生物多様性国際会議がはじまった。NHKでも特番が組まれ、昨年来、東北大で諸々学ばせて頂いてる中静先生や田中章先生が登場していた。田中先生が言及されたミチゲーション、生物多様性オフセットは、米国、EU諸国先進諸国、途上国あわせて30カ国以上で制度として採用されいている。ある地域を開発をする際には、その開発によって破壊される生態系を近隣に回復しなければいけないという考え方だ。それができる場所とできない場所があるということ、安易に人間が「回復した」と思ってもそうでない場合のほうが多い。など否定的な声もある。しかしながら、実際に水辺環境などの生態系を回復させるのは相当大変なコストがかかる。基本的には開発者側に、開発して破壊する分の生態系を再生することがいかに大変なコストをともなうことなのかということを考えさせる結果となり、結果的には「開発抑制」につながっていると先生はおっしゃっていた。  
    土建立国と揶揄されながらも全国総合開発計画でとにかく開発を進めてきた我が国では、特に自然生態系の価値をほとんど政策のテーブルの上で議論してこなかった。ダム開発のコストといったとき、そのコスト計算はコンクリートの建設コストと立ち退く住民への補償、漁協への補償のコストは計算するが、その開発行為により、どれだけの価値のある生態系を破壊することになるのか。ということを考えずに開発が推し進められてきた。その結果として、次々と貴重な生態系、多様な生物多様性を失ってきたのがこの国だったといえる。
  これ以上の生物資本、自然資本を失うことのないように、ミチゲーションや生物多様性オフセットを制度化することは実際に必要なことだと思う。もちろん、希少生物が生息するHOTSPOTは、開発区域から除外する、ことは踏まえた上で。
   
    

CPR 保全、保護(維持)、回復の定義ーデビッドブラウアー氏の講演録より


生物多様性の国際会議がはじまりましたが、
Conservation 保全   
Preservation 保護
Restore 回復
の定義をおさらいしておきたいと思います。

デビッドブラウアー 1998 ブループラネット賞受賞演説より。
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/list.html


地球のためのCPR―「修復型経済」への行動原則

私たちがやっと思いついた質問の一つには、例えばこういうものがあります。「地球に害をなすのでなく、
益となるような経済をどうやってデザインするか」。私は何年もの間、アメリカのあちこちで、地球のため
になるような活動を1年間でいいからやってください、「地球のためにCPRの1年を!」と聴衆にお願いし
てきました。CPR とは普通、“心肺蘇生措置(Cardio-Pulmonary Resuscitation)”の意味で、患者の心臓や肺が停止したとき蘇生させる救命方法です。私の場合、患者はほかならぬ地球です。私の言うCPR とは、保
全(conservation)、維持(preservation)、修復(restoration)によって、患者を蘇生させることです。どの講演会でも、聴衆は私の考え方に賛成しましたが、大半の人は、地球のためのCPR を実行していません。彼
らは単に仕事をしているだけです。しかし、もし経済のあり方が“修復型経済”になれば、ビジネスを行
う過程の中で、地球のためのCPR が起こってくるはずです。

CPR のC は、保全(Conservation)です。私たちは、できるだけ少ない資源から現在より格段に高い生産
性をあげる必要があります。日本は省エネルギーの世界的リーダーです。エネルギー効率はアメリカの2
倍に達しています。もし日米両国が協力すれば、もっと効果を上げることができましょう。アメリカの建
築家ウイリアム・マクドナフは、自然のシステムにおいては「廃棄物は食物である(waste equals food)」と
言っています。つまり廃棄物という概念は存在しないのです。先見の明のある会社なら、廃棄物が資源に

なり得た、つまり産業プロセスにとって原料―食物になり得たのに、それを埋め立てたり燃やしたりして
処分したことは、“廃棄物をムダにしてきたことだ”と分かっているはずです。公害は、非効率の別称です。
お金を払って原料を買い、そしてそれを捨てているのです。有機系廃棄物なら、土や家畜飼料として売る
ことができるでしょう。無機物質は、生産のプロセスに再び環流して原材料にする、いわば閉じた回路に
置くことができます。食物連鎖に生産的に入っていく、つまり自然または工場に再び戻って行くような製
品のデザインの仕方や原料の使い方を工夫することによって、利益のチャンスも生まれてくるでしょう。あ
るスイスの繊維メーカーが、ウイリアム・マクドナフの助言によって有害な化学品を一切使わない製造法
に変えて、工場廃水を清浄にしたため、地域の公害査察官が驚いたと言う話もあります。この会社の次の
プロジェクトは、製造用水を工場の外部から取水もしなければ外部へ排水もしない、完全に閉じた回路で
使用する方式だと言うことです。

CPR のP は、維持(Preservation)です。もし私たちが自然界からデザインの知恵や生態系のサービスを
引き出したいのなら、生態系をそのまま維持しなければなりません。自然のままの生態系が私たちに与え
てくれるものは、世界中で最も優れた、コストのかからない水質浄化であり、あるいは洪水制御、虫害制
御、穀物受粉、気候制御、土壌造成、貯水であり、その他の多くのサービスです。ニューヨーク市では最
近、最もコストの安い浄水方法は、市民の飲料水の源となっているアディロンダック山地の水源流域を買
い取り、維持することだと言う方針を決めました。アメリカの他の多くの都市はいまや、水を清浄にする
ために生態系を維持する政策をとるようになってきました。その方が、水処理施設を建設するより何百万
ドルも安くつくからです。対照的な例が、タイで起こりました。タイでは森林伐採によって河川が汚染さ
れ、首都バンコクは地下水に過度に頼らざるを得なくなりました。その結果、バンコクは地盤沈下し始め、
今では海面よりも低くなりつつあります。
もし私たちが自然から学ぶのがあまりにも遅すぎた場合、いざ自然に聞きたいと思ったときには、解答
を与えてくれる自然の一部はすでに失われているかも知れません。例を挙げましょう。私たちが「人間は
がんなどの病気で死ぬのに、サメの多くの仲間は、なぜがんにならず大半の感染症にもかからないのだろ
うか」と問い始めたのは、つい最近のことです。ある医者がこの疑問を提起し、その結果、ある種の小型
サメに新種の強力な抗生物質を発見したのです。しかし乱獲によって、サメは世界中で数が減っていまし
た。ときにはあのトレードマークのヒレを採るためだけに殺されているのです。世界に内蔵される貴重な
情報は、遺伝子と種の多様性という“銀行”の中に保存されていますが、世界中で毎日40 から100 の種が
絶滅しつつある今、私たち自身が破産してしまうのも間もないことでしょう。


R は修復(Restoration)です。修復作業は利益の出る仕事のはずです。歯医者や医者に尋ねてみればお分
かりになるでしょう。もっと多くの人が地球を診る医者として、地球という身体を治療し、十分な診療代
を受け取るようにならなければいけません。修復型ビジネスは、単に持続可能性、つまり“害を与えない
こと”に留まらず、私たちが受け継いだものよりもっと多くの自然の美しさと資源を残すことによって、未
来の世代に大きな贈り物をすることになるのです。そのように意義のある仕事は、地球修復の作業に従事
する人々の精神を高揚させることにもなるでしょう。

私たちの経済を、人間にも地球にも有益なものにする修復の試みは、膨大な改革プロジェクトですが、そ
れはすでに多くの場所で始まっています。アメリカでは、バーモント州の2人の改革者ナンシー・トッド
とジョン・トッドが、汚水処理方式を従来の浄水場施設から、一連の多様な生物を利用した総合的生態系
方式に替えることによって、自然の資本を修復する方法を見出しました。名付けて「リビング・マシン」と
いいます。リビング・マシンは、塩素を使ったエネルギー集約型の汚水処理に代わって、植物、動物、昆
虫、微生物が共同で働いて水質完全浄化を行います。費用は従来と比較すれば僅かですみ、施設は温室と
見違えるように清潔です。
ニューヨークからサンフランシスコにいたるまでのアメリカの都市の貧困地区

渡辺一雄先生のフィランソロピー論に自分の原点を省みる。


元、三菱セミコンダクターアメリカの社長 で、東大病院などの病院ボランティアなどを立ち上げた、渡辺一雄先生のお話を聴く機会を得た。

   企業戦士だった渡辺さんが、45歳の時、アメリカのダーラム市で、三菱セミコンダクターアメリカの社長として赴任していた際、はじめは、社会参加の意味がわからず、地元のNPOへの寄付にも感心がなく、ケチの日本の会社」というイメージでとらえられていたのだが、全米少年野球の大会で、急遽、スタジアムのまんなかで、アメリカ国家を独唱ことになった。緊張してなかなか歌にならない渡辺さんだったが、少年たちが、応援して歌い出し、スタジアム全体が歌い、大合唱になった。そこから、フィランソロピーや企業の社会参加、に目覚めた。と言う話を、とても生き生きと、実に当時の場を再現して話してくださった。「そのとき、ああ、俺は、今、生きている、うれしい。」という実感をもった」とまるで少年のようにお話してくださったのだった。

→ ネットでぐぐったら、渡辺さんご自身の手記にこうあった。
ーーー
   私自身もかつては営業の鬼と化していた時代があったが,四十五歳の時,三菱セミコンダクターアメリカの社長として米国ノースカロライナ州に転勤してから組織の中に生きる人間のあり方を考え,従来の行き方を転換した。しかも,最初はどのように会社人間から社会人間に転換してよいか分からなかったが偶然起こつたある事件で変わることができた.
  それは私の住んでいたダーラム市で少年野球大会に引き出され,突然,スタジアムでアメリカ国歌を独唱させられるはめになり,苦しいながらも歌いだしたら,スタジアムに参加していた全員が大声で歌いだし,大合唱になつた
それがテレビで放送されてから,ダーラム市民の私,及び私の会社に対する見る目が変わり,私共を心から友人として,かつ,企業市民として迎えてくれるようになった。その時分かったことは社会貢献とは金銭を寄付するだけでなく,市民活動に参加することだ。その結果は気持ちのよい感動が残るということであった。
ーーーーー

お話の中で、渡辺さんは、行政セクター、企業セクター、そして第3のセクターとしてのフィランソロピーセクター(ボランティアセクターとも)が必要ということを強調された。そして、寄付税制があってはじめてそのフィランソロピーセクターが強くなれるのだということ。そして日本はまだまだだということも付け加えていた。

   お話の中で、もうひとつ、このフィランソロピーセクターは、民間が公益のために社会貢献活動を非営利・非行政の立場から行動すること」を指し、行政をチェックしバランスをはかる市民オンプズマン(監視人)も重要な要素なのだということを強調されていた。要は、民主主義を成立させる事が公益であり、市民セクターの大きな役割なのだということにも触れておられ、大いに共感した。

    終わってから、「僕自身、まさに被災地の神戸で、生きているという実感を感じ、それが転機となったという事」や、「米国のNPOは、たとえ行政に反する市民運動をおこなう団体であっても、寄付控除がうけれる、」ということ。三菱電気というと、環境NGOの文化に感化され、新しい道を歩み出し、一昨年スウェーデン取材にご一緒した木内孝さんを思い出したということをお伝えすると、お仲間との事。ーーなどなどでしばし盛り上がった。

私自身、改めて僕の原点を省み、次を考えるひとときとなった。
自分の経験も、きちんと伝える必要がある。と感じた。

講演会開催のためにご尽力された皆様に感謝いたします。






姫野さんと住民投票運動


姫野さんのブログに住民投票運動の本質が描かれていた。ここに記す。

ふるさとの将来に対する住民の直接の意思表示は根元的でおもいものだ。理屈抜きに誰からも一目おかれる。それ は相手が国であろうが変わりはない。ふるさとには千年二千年のひとと自然の営みが、愛憎の記憶とともに詰まっているので,国とはいえ無視することはできな いのだ。かといって下手にさわれば祟られる。中央集権思考にとってはまことに始末が悪いのである。
 「住民」という存在の重さと強さはこの一点に あるといってよく,住民投票の本質もまたここに凝縮されている。それはテーマに賛成か反対かという枠組みとは違う新たな枠組み,住民自身で町の将来を考え るべきか否かという新たな枠組みが生まれる,ということである。それは強い共感を呼ぶ。住民たちがふるさとの未来を真剣に考えて一票を投ずるのをみて,だ れが軽々しく批判できるだろうか。
 ボイコット運動はそれを否定しようという運動である。やるならやってもらえばいい。徳島がそうだったように, 住民投票運動が純粋でありさえすれば,ボイコット運動はやればやるほどその卑劣さが市民に伝わっていくものである。卑劣であればあるほど市民のプライドは 目覚める。目先でなく将来を考える。住民は学習し民度は確実に一段上がる。それは必ず投票率に跳ね返ってくるものだ。


住民投票運動の恩師 姫野さんへ。


川仲間のみんなが今週日曜日の行方不明の翌日からずっと捜索を続けていた姫野雅義さんが昨日遺体で発見された。

以下、毎日新聞より
動堰反対リーダー死亡:「大黒柱が…」「信念継ぐ」 仲間ら、悲報に衝撃 /徳島
 ◇懸命の捜索実らず

 吉野川・第十堰(ぜき)の可動堰化計画を巡る市民運動で長年、リーダー格として活動し、3日に釣りに行ったまま行方不明となっていた姫野雅義さん(63)=石井町藍畑=が7日、海陽町の海部川で遺体で発見され、関係者に大きな衝撃が走った。住民運動の仲間や親交のあった人たちからは、運動をリードした人柄の良さをしのんだり、早過ぎる死を惜しむ声が相次いだ。【深尾昭寛、井上卓也、山本健太】

 捜索は4日以降、警察や消防のほか、姫野さんが設立にかかわった「川の学校」のメンバーらも加わって続けられ、7日も早朝から開始されていた。

 釣りが趣味だった姫野さんは、運動にかかわったこの20年弱、釣りをしておらず、最近になって再開したばかり。不明になる前日の2日夜も、仲間に「昨日はアユ釣りに」と笑顔で話したという。

 今年5月に解散したNPO「吉野川みんなの会」の代表理事で、同町での捜索活動に加わった豊岡和美さん(48)は「再開した矢先にこんなことになるなんて……」と肩を落とした。同じく捜索に加わった徳島市北田宮2、会社員、石川富代さん(63)は悲しみの一方、「海まで行っているかもしれないと話していたので、ほっとした」とも話した。

 悲報は、各方面に衝撃を与えた。木頭村(現那賀町)で同じように国のダム建設の計画に反対した元村長の藤田恵さん(71)は「全国の住民運動の大黒柱が倒れた気がする。まれな人をなくした」と悔しがった。

 長く行動を共にし、活動をきっかけに99年に徳島市議になった村上稔さん(44)は「すべてがまだ信じられない。姫野さんの信念だった川に住民の声を反映させるという思いを引き継ぎたい」。住民投票条例の直接請求で姫野さんと一緒に請求代表者を務めたプランナーの住友達也さん(53)は「意志の強い人だった。やめようとか違う方向を考えようとした時も、引っ張ってくれた」と惜しんだ。

 姫野さんは9、10両日に滋賀県栗東市などで開催される「水郷水都全国会議」の大会にも参加予定だった。大会の実行委員の小坂育子さん(62)=大津市=は「青天のへきれき。川の神さまが連れて行ったのでしょうか……」と悲しんだ。
 ◇吉野川愛し、運動の先頭に 住民投票実現に尽力

 亡くなった姫野さんは石井町出身。約260年前に吉野川に造られた人工の堰・第十堰の近くで育った。90年代初め、可動堰が造られる計画を知り、「これ以上、川をいじられるのは耐えられない」と、仲間と計画を疑問視する勉強会を始めた。穏やかな人柄ながら、川に対する人一倍強い思い入れで、当時、計画に関する情報公開をしぶった旧建設省の追及の先頭に立った。

 98年6月に同省の審議委員会(第三者委)が第十堰の可動堰化にゴーサインを出すと、反発する市民らとともに「川をどうするかは川にかかわる住民が決めるべきだ」と計画の賛否を徳島市民に問う住民投票の実現を模索。同年9月に発足した「第十堰住民投票の会」の代表世話人に就き、投票条例を直接請求するのに必要な10万人分の署名を集めた。

 国の公共事業の是非を問う全国初の住民投票は00年1月23日に実施され、計画反対票が9割超を占めた投票結果は、その後の計画白紙化に大きく影響。運動の中心人物としてメディアに取り上げられることも多かった。

 住民投票後も、可動堰によらない第十堰保存を目指すNPO「吉野川みんなの会」の代表理事などとして活動。04年4月の徳島市長選に立候補した(結果は落選)。今年3月に、前原誠司国交相(当時)が可動堰の中止を明言して以後、川の環境や文化の保護などを支援するための活動に軸足を移そうとしていた。【井上直樹】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
姫野さんは、吉野川の可動堰を住民投票運動でストップさせた方だ。2000年1月23日におこなわれた吉野川の住民投票の際 には数日だったが、僕自身、現場にはいり、「投票に行こう 」ボードをもってつじ立ちをしたり、一軒一軒住民をまわり、投票行動を促したりなど、微力ながら参画させていただいた。姫野さんは連日街宣カーで演説をしながら、毎日事務所にファックスを送り、みんなを励ましていた。多くの人が姫野さんを慕って事務所に集まり、フルコミットメントしていた。まさにその運動は、可動堰に住民が投票でNOをつきつけることとなり、この国を政治の根本を揺り動かした。
  姫野さんに初めてお会いしたのは長良川河口堰での集会だっただろうか。吉野川の運動は、情報の徹底的な公開と住民投票が特徴だった。まずは住民の多くに考えてもらうこと、そして「大事な事はみんなで決める」 ということを実践すること。そうすることで、官僚の手から市民の手に川をとりもどす。そうした信念が貫かれていた。「川の問題は、まず、情報が不透明でまず住民に本当の事が知らされていないこと。それが一番の問題だ。まずは徹底的に情報を開示させて、みんなでそれを考えるしくみをつくること。役所まかせでなく、住民投票で自分が判断しなければならないと感じてはじめて住民が当事者意識をもって物事をきちんと考え始める。署名ではなく住民投票によってはじめて流域住民の意思が確認できる。「大事なことはみんなで決めよう」という運動が、結果的に川を救う事になる」と姫野さんは力説されていた。

 僕はこの吉野川の住民投票の活動に参加をし、鶴岡の水の問題こそ、この吉野川の問題同様、市民がその実際をよく知り、今後の行方をみんなで判断することがまさに必要だと考え、まさに、この吉野川の住民投票運動の詳細を大いに参考にして、鶴岡の広域水道の受水の是非を問う住民投票運動の骨格を組み立てていった。だから姫野さんは、鶴岡の住民投票運動の恩師といっていい。全国集会などでお会いする度にいろんな事を教えて頂いた。
  とにかく情報を開き、住民が参加できる仕組みをつくることの重要性を説いていた。そしてそれを河川行政にもとめるのと同様、運動自体も信念を貫きつつもみんなの多様なアイデアを大事にしながら、進められていた。あるとき訪れた際には、新しい集いの場ができ、そこで鰹のたたきを囲んでわいわいやりながら、川の事を話していたが、 どんどん新しい仲間達が増え、常に進化し広がりをみせていく活動に、いつも「凄いなー」と思ったものだ。
   住民投票運動により吉野川可動堰建設計画は白紙となり今年にはいって前原大臣の下で中止が決定してまもなく、こんな訃報を聞くことになるとは。まだまだ姫野さんには教えて頂きたいことがたくさんあったのに、非常に残念だ。
  親友の村上市議とともに、姫野さんの遺志を引きつぎ、日本の河に本当に住民の声を反映させ、これ以上の川の破壊を止める。一握りの人たちのためにしかならなかった公共事業を、本当に住民の為の持続可能な社会をつくるための事業に転換する。それを貫いていきたいと思う。
  
   姫野さんは、吉野川の住民投票運動を通じ、結果、吉野川を河口堰(ダム)から守り、日本の川の民主主義を、いや、日本の民主主義を大きく進化させた市民活動家。その偉業とこれまでのご指導に深く感謝するとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
   姫野さん、天国から僕らのこれからの運動を見守っていて下さい。


生物多様性ーデビッドブラウアー氏、山下弘文氏の遺言を受け止めて- 1998


本日は雨の中、八文字屋の前に立つ。情報公開が進まない鶴岡市政の問題。公共投資のあり方。合併特例債を「あれかこれかの視点で考える」など、諸々訴えました。7時40分から8時50分ぐらいまで。 

生物多様性会議間近ということもあり、改めてwaterwatchnetwork の私たちがFOEらと一緒に1998年に主催した「地球のヒーロートーク」をUSTREAMにアップデートしました。

これは、米国の環境保護運動の父といわれるデビッドブラウアー氏がブループラネット賞受賞のために来日した際、日米のNGOを集めての集会を代々木の国際会議場でおこなったものです。その年、僕がちょうど米国NPOにインターンしていた際にミッションをいただいて、FOEのランディヘルテン氏や、ASEEDの羽仁カンタ氏、映像のBamboo氏、音楽家の岡野弘幹氏、デザイナーの善用寺氏と力を合わせなんとかかんとか実現した国際会議でした。
 自然生態系の破壊、生物多様性の問題について全く意識のなかった1930年代の米国で、ダムの問題をたった一人の運動からはじめ、グランキャニオンダム建設を止め、米国の国立公園制度、世界遺産制度のきっかけをつくったデビッドブラウアー氏。又、諫早湾干潟の問題で、これもたった一人で真正面から問題を指摘し、運動をつくりあげていった山下弘文氏。彼らの姿勢と、そうした行動を興す原点となった少年時代の教師との出会いについてなどが語られています。
    ぜひご覧下さい。
http://www.ustream.tv/recorded/10002745

二人とも、故人となられましたが、天国から私たちの行動を見守ってくれていると思います。
10年前の映像ですが、今とらえても実に重要なメッセージを頂いていると思います。

なお、今、この映像のデビッド氏の発言などを和訳をし、もっとよりわかりやすい形で提供できたらと考えております。お手伝い頂ける方はいらっしゃいませんでしょうか。

又、当時、デビッドブラウアー氏は、この来日の際のブループラネット賞受賞記念の講演で「生態系修復の経済」について言及されています。
この際に地球上の生命の自然法則としてNatural Step ナチュラルステップ について触れ、その意義を諭してくれています。
ちょっと当時の講演から一部を引用してお伝えしたいと思います。

ーー以下引用 1998ブループラネット賞受賞記念講演より  旭硝子財団。

地球環境を考慮したビジネスの進化-「修復型経済」への積極的な参加を


「新しい経済」における環境NGO の役割は、時代と共に変わるでしょうが、消費者と企業に情報を提供
するという基本的な役割は今後とも続くでしょう。多くの企業はいまなお、インターフェース社や三菱電
機、その他先進的企業の画期的方針から、はるかに遅れた地点にいるのです。

企業が、エコロジーの知恵を十分理解し企業活動に活かすならば、環境原則に厳しいNGOの人々が、企
業にとって自分たちの同盟者であるだけでなく、利益を生む機会をたくさん持っている人たちであること
が分かるでしょう。

NGO の人たちもまた、私たちの社会をもう一度人々の要求を充足させる場にするために、企業と共同で
取り組むという新しい役割を持つことになるでしょう。私たちが浪費型のライフスタイルをやめるべきだ
とすると、その空白を埋めるものは何なのでしょうか。もし皆さんに、あなたの人生で一番大切なものを
1つ挙げて下さいと言ったら、私たちの人生における喜びと充足感のもとになっている親密な関係を共有
している友達と家族、と答える人が多いと思います。私たちは、幸福の最大の源であるこのことに、どう
してエネルギーを注がないのでしょうか。

私たちが自慢すべきは、抽象的な経済目標などでなく、現実の心温かい関係を育むことではないでしょうか。「修復型経済(Restorative Economy)」に移行するとき、人間の心の目標と経済目標は同じひとつのものになります。私は環境保全の分野で様々な成功にかかわってきましたが、そこから得ることができた喜びは、友達や子供たち、孫、そして55 年連れ添ったわが妻から受けてきた充実感に比ぶべくもありません。これこそ私たちに必要な“成長”――愛と連帯から生まれる“成長”なのです。これはまた、関係するすべての人達の美しさを本質的に増幅する成長のあり方です。

私の86 年間の人生経験、「ナチュラル・ステップ」とその他の地球上の生命の自然法則に照らし合わせるとき、こうした人間的成長に限界はないことがよく分かるのです。

環境問題が示している地球の危機は、いまこそ階級、人種、国籍、年齢、性別を乗り越えて、人類のグ
ローバルなコミュニティとして私たちが行動する好機であることを示しています。私たちは全員が1つの
宇宙船地球号に乗っているのであり、この宇宙船は乗り換えも利かなければ、停車駅もなく、決まった行
く先もありません。そこに乗っている人は乗客ではなく、全員が乗員なのです。

私たちは地球の諸問題解決のために協力し合うとしても、すべてのことに同じ意見を持つ必要はありま
せん。意見の異なる人々を支配する必要も軽んじる必要もなく、異論を唱え、あるいはまったく違った見
解を共有するような能力を培っていかねばなりません。イノベーションと多様性のためには、賛否両論が
必要です。しかし協同と安定のためには、相互に尊敬し合わなければなりません。

生態系が、例えば草原から熱帯雨林へと発展したように、人間の社会も複雑性と相互依存の度を深めて
行くでしょう。熱帯雨林で生きるためには、競争より協力の方が大切です。競争がルールとなり得るのは、
より単純な生態系の場合です。今日の社会や組織に広がる支配や階級制といった原始的とも言える社会構
造に、今後もますます多くの資源を投入し続けるとすれば、明るい未来への進路も閉ざされてしまいます。
ビジネスと地球と人間の精神のためのCPRを実践するには、謙虚であることを学ばなければなりません。
私たち人間は、地球上の生命体としてはむしろ新参者です。人間は進化の頂点にいるのでしょうか。それ
とも友人のバーナデット・コザルツがかつて言ったように、「人間は地球上で一番若い種に違いない。なぜ
なら人間を除くすべてのものは、何をどうすべきか知っているらしいから。人間が地球上に存在するのは、
学ぶためであって、教えるためではない」のでしょうか。

私たちは自然から学ぶときでも、人間の精神を信頼しなければなりません。そして人間の精神を最も良


ダムが日本を滅ぼすー今本博健 先生の記事


朝日新聞、大阪版で、5年ほど前から大変お世話になっている、今本博健先生の著書「ダムが日本を滅ぼす」についての記事が掲載されました。
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001010010001

ムダなダム 一刀両断 

2010年10月01日
写真

著書「ダムが国を滅ぼす」と今本博健さん=大阪市北区

 国の諮問機関・淀川水系流域委員会の元委員長で、ダム計画を「ダム偏重」として批判している今本博健(ひろたけ)・京大名誉教授(72)=京都市左京区=が、全国のダム問題について記した初の著書「ダムが国を滅ぼす」(扶桑社)を出版した。「週刊SPA!ダム取材班」との共著となる。

 今本さんは専門の河川工学の見地からダム問題に取り組んでおり、大阪府の槙尾川ダムの有識者会議では委員を務める。ここ数年は全国のダムの予定地を回った。「いかに世の中にいらんダムがたくさんあるのか、と思った」。治水の専門家として一つも必要だと思えるダムがなかったという。

 ダム建設に反対する住民とも交流し、住民側の変化を感じた。「昔のダム反対団体と言えば、環境偏重か政党絡みばかり。ここ最近は普通のおばさんらが参加している。すそ野が広がった」。淀川水系ダムや八ツ場ダム(群馬県)問題などで一般住民の意識が高まってきたタイミングで、著書の出版を決めたという。

 今本さんは著書で「いかなる洪水に対しても住民の生命と財産を守る」という治水の使命を強調する。一定の範囲内で起きた一定限度の洪水を封じ込めるダムに重点を置いても、予想外の洪水が起きたり堤防が切れたりしたら、壊滅的な被害を受ける、としたうえで、「ダムによって真に水害の発生を防止し得た例は皆無と言っていいほど少なく、逆に、ダムがありながら壊滅的な被害になった例は枚挙にいとまがない」と指摘し、堤防補強と避難対策を最優先にすべきだと記した。

 2章以降は、全国的な注目を集める八ツ場ダムや予定を上回るスピードで土砂がたまっている二風谷ダム(北海道)の現状を紹介。大阪府が計画する安威川、槙尾川の2ダムや、淀川水系の川上ダム(三重県)、民主党のダム政策についても手厚く取り上げており、末尾には全国で計画中のダム事業の一覧データも盛り込んだ。

 京大防災研究所長も務めた今本さんには、国や地方自治体でダム事業を担当している教え子も多い。「人の命を守るには、ダムより先にやるべきことが多すぎる。ぜひ、ダムにこだわる国や都道府県の河川管理者にこそ読んでほしい」と話している。四六判、327ページ。1400円(税抜き)。


ーーーーーーーーーーーーー以上引用。

この本は、まさにダム問題の真実が描かれていると私は思います。

今本先生には、これまで5回ほど山形にいらしていただき、穴あきダムの問題点などについて、非常に丁寧に説明をしてくださっています。
2008年の緊急フォーラムの際の動画。
http://homepage.mac.com/stern8/iMovieTheater48.html
また、この本の中には、最上小国川ダムの問題についてもとりあげていただいており、僕も情報提供をおこないました。



今本先生は
穴あきダムは環境にやさしい などということは欺瞞にすぎない。穴あきダムを口実に建設を強行することは、「歴史的愚行」にほかならない。と説いています。

ぜひ、県の関係者。自然と清流が大好きなみなさん。また、地元の土木建設業関係者の皆さんにもぜひお読みいただきたいと思っています。これまで旧来のまさに政治主導で作られ続けてきたダムの真実の姿とは。本当に地域に貢献する公共事業とは何なのか。おわかりいただけるはずです。