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姫野さんと住民投票運動


姫野さんのブログに住民投票運動の本質が描かれていた。ここに記す。

ふるさとの将来に対する住民の直接の意思表示は根元的でおもいものだ。理屈抜きに誰からも一目おかれる。それ は相手が国であろうが変わりはない。ふるさとには千年二千年のひとと自然の営みが、愛憎の記憶とともに詰まっているので,国とはいえ無視することはできな いのだ。かといって下手にさわれば祟られる。中央集権思考にとってはまことに始末が悪いのである。
 「住民」という存在の重さと強さはこの一点に あるといってよく,住民投票の本質もまたここに凝縮されている。それはテーマに賛成か反対かという枠組みとは違う新たな枠組み,住民自身で町の将来を考え るべきか否かという新たな枠組みが生まれる,ということである。それは強い共感を呼ぶ。住民たちがふるさとの未来を真剣に考えて一票を投ずるのをみて,だ れが軽々しく批判できるだろうか。
 ボイコット運動はそれを否定しようという運動である。やるならやってもらえばいい。徳島がそうだったように, 住民投票運動が純粋でありさえすれば,ボイコット運動はやればやるほどその卑劣さが市民に伝わっていくものである。卑劣であればあるほど市民のプライドは 目覚める。目先でなく将来を考える。住民は学習し民度は確実に一段上がる。それは必ず投票率に跳ね返ってくるものだ。