小泉改革は真の構造改革か?
郵政民営化をめぐる衆院選挙がおこなわれることになった。しかし今回の郵政民営化の法案をめぐって、解散劇までもちこんだ小泉首相の発言には疑問がある。民でやれる事は民でといって、小さな政府をめざすのだという論調。郵政民営化に反対している人たちは、いかにも構造改革に反対している。といった論調だ。
しかしどうだろう。民営化そのものの次の姿というか、それによって、国民の負担がどうなっていくのか、どういう形で構造改革に役にたっていくのか、はっきりと示されていただろうか。それに、官僚大国をきづきあげ、官僚とべったりで、やってきたのが自民党じゃなかったか。構造改革だ、改革だーといっても、何の構造改革なのか。
道路公団民営化についても、ファミリー企業への天下りが終焉したわけでもなく今年になって談合事件がおきているし、今回の郵政民営化だって、首相が唱える民営化が、どれだけ果たして改革なのか?ということだ。
管直人さんの発言によれば、結局は4つの会社の会長社長の8人のうち、半分の4人が起訴された道路公団の内田会長の同僚がなっているわけである。
小泉郵政改革では、郵貯、簡保で国民が預けている350兆円は、官から民へいくんではなく、財投債というものを買うことによって、道路公団などの特殊法人に流れる。そういう意味では、官から民ではなくて、官から官であるとの事。
やはり偽物の改革なのではないかということである。
日本は1000兆円もの借金を抱えている大変な借金大国と化している。そうしたのは誰かといえば、官僚大国をつくりあげてきた自民党政治そのものなのではないか。
「失われた10年」とか言っているが、大変無責任な話しだ。改革だー改革だーというならば、あの理不尽な諫早湾の干拓事業だとか、長良川河口堰だとか、未だ300もの計画があるダム事業こそ見直さねばならないはずなのに、そこにくれば、市民運動をいくらやっても耳を傾けない自民党政治や官僚政治がある。
僕が認める改革は、長野県の「脱ダム宣言」であり、菅直人さんがおこなった薬害エイズ問題への追求だ。政権交代をし、首をとることによってこそできる改革の姿がここにあったと思う。脱ダム宣言はダム問題のみならず、公共事業や補助金のあり方を問うものだった。薬害エイズ問題は、ともすれば闇に葬り去られようとされてきた問題。川田龍平君をはじめとする原告団の声にはじめて耳を傾けることによって、大きな解決を導いたわけであるが、こうした理不尽の問題解決をする。これこそ、改革なのだと私は思う。「脱ダム宣言」は少なからず国土交通省のおこなう公共事業のあり方にインパクトを与えている。
郵政民営化で、官僚はどうあたふたしているのか。いやしていない。予定調和の中で、官にとって都合のいいことをしているだけなのではないか。問題解決よりも調整してい るだけなのではないか。
この選挙の意味を考え僕らは行動をすべきだ。借金大国を本当に変える行動を。
田中康夫長野県知事曰く 「小泉改革」は真の構造改革ならず、増税と官僚肥大を助長するものなり。
月山炎のまつり05成功。
月山炎のまつり05が終了した。昼までにハーモニーパークの片づけを終え、叶宮と三山合祭殿にお礼参りに行き、関わってくださった皆様の心願成就を祈る。今年もまた学び多きまつりであった。参加してくださった市民のみなさん、アーティストの皆さん、最高のスタッフのみんなに感謝を申し上げたい。月山の恵みに感謝し、一心にまつる。15日には湯殿山開山1400年にちなみ、岡野弘幹さんによる奉納演奏と伊藤清泉さんによるライブペインティングをおこなった。出羽三山宮司からは「湯殿の大神もさぞおよろこびの事と察する」とのお言葉。
開山1400年を迎えた湯殿山。この音が、湯殿山に、また月山にひびき、また新たな歴史を刻む人々への賛歌となることを祈る。音霊奉納と一緒におこなわれたライブペインティングもすばらしかった。こちらは湯殿山本宮にいらっしゃると御覧いただけます。
今回は奉納演奏の後、演奏者の皆さんと一緒に滝行(たきぎょう)をおこなうことに。鳥船神事の後、大きな恐怖とともに滝に打たれる。滝の中で自分と向き合う。力がわき起こる。三山の修験や行の文化は、ここにしかない、自然ならではのものを活かし、それと向き合う私たちの心になんとも深い宝物のようなものを与えてくれる。
合併後の鶴岡は、この月山を頂点とし、庄内平野、日本海までをひとつの自治体となる。この自然資源や文化をどう活かすか。大きな課題だ。今回もこのまつりを通じて、アーティストを含め多くの人が月山の自然に感激していた。地元スタッフの何人かもこの祭りを通じて、月山や湯殿山のすごさに気づき始めている。私たちが誇れる自然文化がここにあるのだ。もっともっと若い人たちに月山のすばらしさを伝えられたらいい。そしてもっともっと、月山の麓で生きる自然の力、音の力、人の力。心のつながりが生む力、クリエイティビティを広げていきたい。http://www.gassan.jp
動けば変わる。
10日、赤川花火大会。天気予報、心配したけれど開催されてよかった。今年もすごい迫力の花火でした。実行委員会の皆様、お疲れ様でした。
僕はいつもこの日、仲間とともに月山のまつりのアウトリーチ作戦をやっています。
昨日も、今年の月山の看板をかかげて、ビラ配りをつうじて、浴衣姿の庄内美人にはもちろん、旧友や同級生に会えたりして、元気をもらいました。
昨日から街頭でのプレートは「動けば変わる」
先日いったチームニッポン、田中康夫長野県知事のお話の中の軸は、これからの日本再生には、傍観型民主主義から、参加型、行動型民主主義に変えるということ。
国の方向ではなくてまさに市民起点で動き始めるところからはじまり、行政も身近なところからボトムアップでこそ正しい施策が進むのだということ。ここに天動説から地動説へというエッセンスがあるのだということ。なんか、郵政民営化のところであの小泉氏が「官から民へ」という中で「天動説から地動説へ」といみじくもその「世界8月号」に掲載されていた田中知事の文言をパクって発言していたけれど、「違うんだよね」ということなのだ。
「動けば変わる」 成せば成る。
あきらめていては何もかわらない。一歩一歩、やるだけだ。
月山炎のまつりが目前だ。このまつりは、僕も含めてかかわるスタッフ達にとっては、意識の進化のための修行みたいなもんだと思っている。
被災地でひとつの笑顔をつくるのがミッションの元気村のように、牧場の上で、笑顔が爆発する。インスパイヤされる2日間の元気村を作る試みでもある。
今年は、国立劇場で観客を総立ちにさせた、そしてハリウッド映画「マトリクス」のサントラで起用されている和太鼓集団「gocoo」がやってくる。一人でも多くの人に彼らの音ではじけてもらいたい。そしてその元気をみなさんの次の創造の糧にしてもらいたい。
今日は、物資搬入。ボランティア募集! よっしゃ!
郵政民営化法案否決 と真の改革
昨日、郵政民営化法案が否決。解散総選挙ということにあいなった。
昨日の会見などを効いていて、むくむくと想起されるのは、「小泉氏が言っているこれって本当に改革なの?」ということだ。
みなさんはどう思いますか?
まず、国会内でも話題になった、自民党、民主党のそれぞれの紙芝居を見てみよう。
自民党の紙芝居。
http://www.jimin.jp/jimin/koho/kamishibai/01.html
民主党 安住淳氏の紙芝居
http://www.dpj.or.jp/news/200506/20050615_05azumi.html
御覧になりました? 昨日小泉氏や武部氏が、「私が目指すのは小さな政府、だから民営化、などと強調していたが、どうだろう? 今朝、街頭でも話したけれど、本当 の郵政民営化の目的は改革なのかということだ。真の改革ということであれば、今の郵政民営化には???とマークを3つぐらい付けておきたい。
改革だー、小さな政府だーとは言うものの、これまで、いい加減官と密着し、官僚大国をつくりあげ、国民を無視したまま、天下り、癒着当たり前で無駄な公共事業を行い続けてきて、結局750兆円とも1000兆円ともいわれる借金を我々の肩にのせてしまっている。これが自民党の姿である。政治が遠いのだ。そして、いずれも国民に対して不透明で、結局役人の思うがまま進んでいるのだ。
真の改革はといえば、僕は、長野県の田中知事の脱ダム宣言だったり、管直人さんが、厚生大臣の時におやりになった薬害エイズの問題解決への一歩ということだったと思うがどうだろう。そんな雰囲気が今の郵政改革にあるだろうか。
真の改革に向けて、みんなで立ち上がろう!
まずは、郵政民営化の真実をつかもう。
広島平和宣言
8/6、チームニッポン田中康夫塾に向かう特急稲穂の中、美しき笹川流れの海岸線にさしかかるところ、8時15分がやってきた。黙祷。広島に原爆が落ちた日。あやまちは二度と繰り返しませぬから。ーーーーーーーーー
ここに秋葉市長が昨日宣言された平和宣言を掲載する。秋葉さんとは長良川河口堰問題の時に議員会館事務所を訪れしばし会話した覚えがある。「国会議員では変えることができない。河口堰も諫早の問題も。全体予算の承認をするだけで、問題がたとえ生じいても各論まではふみこめず閣議決定されてしまうから」と嘆かれていたことが今も印象に残っている。広島市長としてのlこの宣言は国をも動かす勢いで毅然とし、僕らに響く。傍観しているのではなく、動き出すときなのだと。
広島市 平和宣言
被爆60周年の8月6日、30万を越える原爆犠牲者の御霊(みたま)と生き残った私たちが幽明(ゆうめい)の界(さかい)を越え、あの日を振り返る慟哭(どうこく)の刻(とき)を迎えました。それは、核兵器廃絶と世界平和実現のため、ひたすら努力し続けた被爆者の志を受け継ぎ、私たち自身が果たすべき責任に目覚め、行動に移す決意をする、継承と目覚め、決意の刻(とき)でもあります。この決意は、全(すべ)ての戦争犠牲者や世界各地で今この刻(とき)を共にしている多くの人々の思いと重なり、地球を包むハーモニーとなりつつあります。
その主旋律は、「こんな思いを、他(ほか)の誰(だれ)にもさせてはならない」という被爆者の声であり、宗教や法律が揃(そろ)って説く「汝(なんじ)殺すなかれ」です。未来世代への責務として、私たちはこの真理を、なかんずく「子どもを殺すなかれ」を、国家や宗教を超える人類最優先の公理として確立する必要があります。9年前の国際司法裁判所の勧告的意見はそのための大切な一歩です。また主権国家の意思として、この真理を永久に採用した日本国憲法は、21世紀の世界を導く道標(みちしるべ)です。
しかし、今年の5月に開かれた核不拡散条約再検討会議で明らかになったのは、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮等の核保有国並びに核保有願望国が、世界の大多数の市民や国の声を無視し、人類を滅亡に導く危機に陥れているという事実です。
これらの国々は「力は正義」を前提に、核兵器の保有を入会証とする「核クラブ」を結成し、マスコミを通して「核兵器が貴方(あなた)を守る」という偽りの呪(まじな)いを繰り返してきました。その結果、反論する手段を持たない多くの世界市民は「自分には何もできない」と信じさせられています。また、国連では、自らの我儘(わがまま)を通せる拒否権に恃(たの)んで、世界の大多数の声を封じ込めています。
この現実を変えるため、加盟都市が1080に増えた平和市長会議は現在、広島市で第6回総会を開き、一昨年採択した「核兵器廃絶のための緊急行動」を改訂しています。目標は、全米市長会議や欧州議会、核戦争防止国際医師の会等々、世界に広がる様々な組織やNGOそして多くの市民との協働の輪を広げるための、そしてまた、世界の市民が「地球の未来はあたかも自分一人の肩に懸かっているかのような」危機感を持って自らの責任に目覚め、新たな決意で核廃絶を目指して行動するための、具体的指針を作ることです。
まず私たちは、国連に多数意見を届けるため、10月に開かれる国連総会の第一委員会が、核兵器のない世界の実現と維持とを検討する特別委員会を設置するよう提案します。それは、ジュネーブでの軍縮会議、ニューヨークにおける核不拡散条約再検討会議のどちらも不毛に終わった理由が、どの国も拒否権を行使できる「全員一致方式」だったからです。
さらに国連総会がこの特別委員会の勧告に従い、2020年までに核兵器の廃絶を実現するための具体的ステップを2010年までに策定するよう、期待します。
同時に私たちは、今日から来年の8月9日までの369日を「継承と目覚め、決意の年」と位置付け、世界の多くの国、NGOや大多数の市民と共に、世界中の多くの都市で核兵器廃絶に向けた多様なキャンペーンを展開します。
日本政府は、こうした世界の都市の声を尊重し、第一委員会や総会の場で、多数決による核兵器廃絶実現のために力を尽くすべきです。重ねて日本政府には、海外や黒い雨地域も含め高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。
被爆60周年の今日、「過ちは繰返さない」と誓った私たちの責任を謙虚に再確認し、全(すべ)ての原爆犠牲者の御霊(みたま)に哀悼の誠を捧(ささ)げます。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
2005年(平成17年)8月6日
広島市長 秋 葉 忠 利
◎広島市HPでは映像でも見れるようになるようです。
http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html
8月6日を前に
今朝のつじ立ちは、平和の問題について訴えた。平和問題になると「地方議員がいくらいったって」とか「その件は国の政治の問題だろ」といって、意見書についても反論する某議員連もいるわけだけれど、この平和の問題こそ、私たちは地方自治体の議会としてきっちりと見解をもつべきだと思うし、はっきりと訴えるべきだと思っている。戦後60年、8月6日の広島の日がやってくる。なぜあの日を迎えなければいけなかったのか。いろいろ理由はあるだろうけれど、まずは、政治が官によって支配され、民の声が全く届かない形でおこなわれたということなのではないだろうか。
国の政治はあのとき大政翼賛会(1940(昭和15)年10月,近衛文麿*首相を中心につくった政府への全国民的協力組織。▽内閣総理大臣が総裁,各府県知事が支部長となり,すべての国民をこの中に組み入れて統制し,戦争に協力させていった。1945年6月に解散。 )によって、官によってすべての国民をコントロールしようとした。この組織により、産業報国会・大日本婦人会から隣組まで支配され、言論・思想など,あらゆる面を統制したのであり、報道もねじまげられ、政府にとって都合の悪いことは報道されないまま、戦争がどんどん進んでいった。その挙げ句が、広島、そして長崎なのだと思う。沖縄にしても、全国の主要都市の大空襲についてもこの異常な政治体制の末路なのだということだ。
今、どうだろう。戦争から60年たって、いろんなものが風化しようとしている。そして、あのときの真実をふまえない輩たちによって、戦争をもう一度ひきおこそうとする力がはたらいていまいか。まずは、私たちの税金でおこなわれている政治を、もっともっと、私たちの手にしなければいけないということ。だ。国政も県政も、もちろん市政も、どうだろう。私たちの声が届くものになっているだろうか。
あの時みたいに、官の都合の悪い声といって、排除されたり、報道のコントロールや、言論コントロールがされたりしていないだろうか。
今こそ、真実に耳を傾け、一歩、行動をおこさねばならない。
地下水利用対策協議会 傍聴
7月25日、地下水利用対策協議会が、羽黒町であり、傍聴希望を申し入れ、傍聴す。
この会は、持続可能な地下水利用のためにつくられた会だが、これまでも、視察のあり方や、地域にいる水文学者などが全く参画てきていない状況の中で進められていて僕は問題視していた。議案については何の質疑も、意見もなく第一号、2号についてそのまま、拍手で承認。17年度の予算案も役員改選案も全く異論ないまま承認。
僕は、議会で、本来の専門家が入れていないこの会の姿勢や、地下水とは全く違うところに「視察」を繰りかえしている問題を指摘してきた。
昨年は、最上川の五月雨大堰の視察をおこない、今年度は八郎潟干拓地 干拓事業や 水蒸気を利用して発電をする地熱発電所 (湯沢市)について学んでくるのだそうだ。
地下水先進地である熊本市では、かの柴崎先生を中心とし、地元銀行が出資して研究会をつくり、こうした会が、真摯に上流部から下流部までの流域連携のあり方や地下水盆の研究をおこなっており、「農を守って水を守る」手法など、様々な方策が展開されている。
こうした先進地に学ぶべきではないだろうか。
海水浴場とゴミ問題
先週末、夏休み最初の日曜日と月曜日の朝5時、湯野浜海水浴場へ。海水浴にともなうゴミの実態の調査と早朝クリーンアップである。初回の日曜日、花火ゴミ、タバコの吸い殻など、結構散乱していて、大きいものを集めていくだけで1時間ほどで5つのゴミ袋は一杯になった。あまりひどいので、以前、FMなどでも呼びかけた「ベアフット宣言!(裸足)」という表示をかかげて、昼に海水浴客に、ポケッタブルのタバコの吸い殻入れを手渡しながら呼びかけていく。これも1時間で100件はいけたかな。中にはきちんとタバコの灰皿入れを持参していた人もいたけれど、ほとんどは、砂浜にねじ込んでいた。世界中で一斉統計をしながらのクリーンアップでは毎年タバコのフィルターがダントツ1番ということでランキングする。これを亀とか海洋生物が食べて死ぬ。それから、プラスチックゴミについては粉々になっても分解されず、結局は太陽光線が海底にとどかなくなる。 タバコのフィルターやプラスチックゴミの問題は実は深刻な環境汚染なのだ。こんな視点を少しでももっていただいたら、少しは意識が変わるのではないかと思い、表示板を首から提げて歩きながらよタバコの吸い殻入れを渡して歩いた。たいていは、「ありがとう、ご苦労様です」といって受け取ってくれた。
呼びかけ文を表示させていただき、帰宅。25日の朝6時ごろ、もう一度、海水浴場へ。ゴミの具合はどうか? うーむ。花火ごみが階段のところに散乱。食いかけの吸い殻入れと一緒に浜辺に捨ててあるのを発見。浜辺を見ていたら配った吸い殻入れと一緒に砂にねじ込んであるのが2件。うーむ。それと、駐車場にゴミ袋と一緒に放置したり、散乱し、カラスがつついているのを発見。袋ごと捨てていっている。駐車場管理の方々が「これはひどいわ」といってゴミを集めていた。しばし一緒にゴミを拾った。
とにかく毎週でも呼びかけるしかないか。
地域開発論について
昨日、このところ取り組んできたパドル(議会報告)完成!鶴岡市内のみなさんには鶴岡タイムスに折り込まれて配布されます。一人でも多くの方が読んでくださる事を祈る。今、やはり僕の大いなる関心事はこれからのこの地域の次をどうするかということ。K大学への投資によるバイオベンチャーによる産業集積ということが今、鶴岡の重要施策になっているわけだけれど、僕としては、こうした投資や地域開発にこそチェックアンドバランスを果たさなければと感じている。
また、議会では何度も提言しているのだけれど、今でも750兆円の借金のあるこの国、そして、高齢社会化の進行のもと、右肩下がりの経済の中で、ここでは何をやるのかということが問われる。
特に鶴岡で、何をやるのか。バイオベンチャーの産業集積事業は、一体どうとらえるべきなのか。
地域開発論を今、いろいろと勉強中。右肩あがりの時は全総などに従ってそれこそ列島改造論などといって巨大開発が続いた。とにかく予算がつくように手をあげて、補助金を獲得し開発する。五十嵐敬喜先生のゼミで相当学ばせて頂いたが、無駄で住民にとってはそれこそ「アメニティの破壊」たる公共事業が続いてそして、巨大が金が投資される事業なのにもかかわらず地域経済には何のメリットがなかったりもした。それが「外来型開発。そこで、そのオルタナティブとして「内発的発展」が問われている。
「内発的発展」とは、「地域の企業・組合などの団体や個人が自発的な学習により計画をたて、自主的な技術開発をもとにして、値域の環境を保全しつつ資源を合理的に利用し、その文化に根ざした経済発展をしながら、地方自治体の手で住民福祉を向上させていくような地域開発」と 宮本憲一 先生(大阪市立大学名誉教授)は定義する。
第一に、地域開発が大企業や政府の事業としてでなく、地元の技術、産業、文化をどだいにして、地域内 の市場を主な対象として、地域の住民が学習し、計画し、経営するものであること。その意味で、「反体制的」と自称するほど自発的エネルギーをもつ必要があること。
第二に、環境保全の枠の中で開発を考え、自然の保全や美しい町並みをつくるというアメニティを中心の目的とし、福祉や文化が総合され、なによりも地元住民の人権の確立を求める総合目的をもっていること。
第三に、産業開発を特定業種に限定せず、複雑な産業部門にわたるようにして、付加価値があらゆる段階で地元に帰属するような地域産業連関を図ること。
第四に、住民参加の制度をつくり、自治体が住民の意思を体して、その計画によるように、資本や土地利用を規制しうる自治権をもつこと。
これは、宮本先生が1982年に定義したものだが、今後の地域政策の確かな大切な軸だと思う。また、この中のアメニティというところをもう一度考えるならば、やはり僕としてはこの鶴岡の、だんだん最近は隠されつつあるが、ずっと問題視し続けてきた水の問題を問わなければいけないと感じるのだ。
ダムの水が鶴岡市内にひかれて、確実に鶴岡がもちつづけてきた大きなアメニティが損なわれた。月山を起点とする赤川扇状地の伏流水や地下水を飲み続けてきた「つながり」が断たれたのだ。毎日の暮らしにとって「水」が有するアメニティというものは、今、水道水の1000倍もの金をかけてガソリンより高い水を買う時代になって、もっと語り合い、定義づけをしないといけないと強く考えている。
信州大学の中本先生は、日本の緩速濾過のスローウォーターの大家であるが、2年前の水郷水都全国会議 鶴岡大会で、「北欧では塩素が全くはいらない水道水を飲んでいるし、塩素が毒ということは常識になっている。だから、地下水や湧水ベースの水源地は宝もののように大事にして保全し、持続可能な利用を考えるし、緩速濾過浄水法が主流なのだ」と。塩素漬けの水を奨励し、「水源開発」と称して地下水源や湧水を放棄しどんどんダムと急速濾過の水に変えているのは日本ぐらいの話なのではないか。
鶴岡ではダム水に切り替えた2001年10月以降、確実に暮らしが変わった。地下水が豊富にあっても14本も行政が井戸をつぶし、わざわざダム水を水道管で流し、水道料金がこの5年間で2倍にも高騰し、その上、市民の多くが飲料水にはペットボトルの水やスーパーのイオン水やピュアウォータを買い求めなくてはいけない。そして高額な浄水器メーカーの格好の営業先になっている。冬蛇口の水は顔を洗えないくらい冷たい。(2度とか3度)夏はぬるく「寿司のネタがしまらない」と苦情の電話を頂戴した。
宮本先生が指摘した環境問題とはもっともっと深刻な公害の事なのだけれど、僕は鶴岡で起きているアメニティの変化というものこそ、今の時代、とらえ直しそれに答えていくような政治のあり方でなければと感じている
今発売号のSOTOKOTO8月号に「LOHASな政治」として登場してしまった。お恥ずかしいが、ちょっとだけLOHASについて。
「SOTOKOTO ソトコト」誌は、エコロジーや環境を軸にした情報誌。もとブルータスの副編集長さんが手がけているだけにクールな雑誌でもある。
LOHAS (Life stile of health and sustainability)な政治の第一歩とは、まずは、僕らの「眠っていた感覚を取り戻すことではないか。美しさやかけがえのないものにまずはもう一度きづき直していくところからはじまるのではないか。そしてその人々にかけがえのない快感をもたらす美しさやアメニティを破壊する開発行為や真に公益ではなく、道路公団談合事件のように私益にはしったりする行為の理不尽に真っ向から立ち向かう政治の事ではないか。
そして現場主義で行動し、考えながら、0から1を生み出す、カルチャークリエイティブな政治ではないか。
なーんて、格好よすぎるか。
三次市 合併問題視察
合併問題の視察。広島県 三次市。16年4月に合併 合併後の人口61165人。面積778,19平方キロ。1市3村4町で合併したところである。1時間ぐらい説明をうけた後、いろいろと質問す。三次市の場合、リーダーである三次市長がかなり住民自治を強調し、わかりやすく協働できる。ボトムアップ型の提案をどんどんできる市役所運営をやっていたようで、合併協議会の中にも「新市住民自治のまちづくり計画」委員会とうのがつくられていて、合併後は自治振興室を組織内につくり、「まちづくりサポートセンターを設け、各支所のサポート体制をつくり、一極集中による弊害をカバーしようとしていた。また、合併を契機に16年当初から、行政評価システムを導入。外部公募委員によるアドバイザー会議も設け、外部チェックもともないながら、進めている。また、市民と行政の行財政改革基本理念として「透明、参加、選択」とし、行革がすすんでいる。「市民参画の行政改革」を強調した姿勢は、「あたらしい公共」をつくろうという意志を明確に感じた。課の名前も「さわやか市民室」「元気な商工室」など、市民にできるだけ親しみやすいようにと名前を付け替えたそうで、担当者もマネージャーと名乗る。聞けば行政職員はユニットという3名が基本で一つの単位となっていて、異なる業務情報を共有し、いつ市民が尋ねてきても対応できるシステムがつくられている。それが集まってグループができていて、グループマネージャがいる。行政担当者も実にフランクで風通しの良さを感じた。気になったのは、合併にともなって、100人退職したということ。環境の変化を意識してだろうか。いずれにしても「改革自治体」像をともないながら進んだ合併と感じ、好感をもった。合併後もリーダーたる市がどういう姿勢かが問われる。
