農家の不安。
藤島地域。大きな敷地と立派な家屋。80歳を超えるご主人から、「今の課題はなんといっても農家の後継者問題」と伺った。近所でもそうした問題を抱えていることが多い。とか。300年続いてきた家業としての農業。私の代で終わらなければならないかと思うと、心配で寝てもいられない。とのこと。今は、トラクターや軽トラックを運転し自分でやっているが、いつできなくなるかわからない。婿はいるが、農家を継ぐ気は今のところ見られない。どうしたもんか。何か方策はないものか。と真剣に問いかけられた。 訪れるいくつもの農家が高齢世帯。とても広い敷地と家屋に高齢のご夫婦という世帯も少なくない。ご子息は旧鶴岡市内か、時には東京にいらっしゃる方もいる。
10年後、どうなっているか。農家を不安なく継げる社会システムをどうつくっていくか。これは食の都、農業が基幹産業の庄内・鶴岡にとって最大の課題なのだと改めて思い知らされた。
農村部の高齢世帯では、車にいつまで乗るか、そして車に乗らないことを決めたら、どんな交通手段を使って、自分の思うところにいくか。これは相当な課題になる。80歳を超えても車でゲートボール会場まで通っているという方。また、高齢で不安があるから、車に乗るのをあきらめ、バスやハイヤーを使うと決めたものの、以前、一ヶ月600円のハイヤー券が廃止されて、困惑しているという方にも実際に出会った。
「持続可能」といえる農業、農村をいかに実現していくか。乗り越えていかねばならない課題だ。
朝日村田麦俣のひなまつり
以前ここを訪れたとき、4月3日のおひなまつりには、ここの村の子供たちが各家のおひな様を訪ねて回り、家の人はお菓子やごちそうを渡すということを伺っていた。集落は23件。今日は雨雪まじりだったが、9名の子供たちが一軒一軒の家をまわり、おひなさまの前で二礼二拍手一拝。すると家の方が用意していたお菓子を一人一人にわたして、「あっら○○ちゃん、おっきぐなったのー」「スポ小どげだや」とはじまるのだ。集落にあるおひな様も新しいのから、歴史を感じるもの。ときに土人形があったり。となかなか立派なものだ。それに写真の巨大ひしもち発見。各家でお手製の草餅ととち餅でつくられたひしもちだ。となりにはカニが並んでいたり季節のお祝いのハレのご馳走。写真を撮っていた僕もお菓子のお裾分けをいただきました。
ノーベル賞の下村博士が加茂水族館 来鶴。
4月2日、オワンクラゲを通じて鶴岡市立加茂水族館と交流がある米ボストン大名誉教授の下村脩さん(81)が2日、同館を訪れ、一日館長を務めた。
村上館長の夢まさに実現といった感じ。本当に良かったですね。
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以下、朝日新聞より
オワンクラゲの「緑色蛍光たんぱく質」を発見し、ノーベル化学賞を受けた下村脩博士(81)と明美夫人(74)が2日、山形県鶴岡市の加茂水族館を訪れ、「一日館長」を務めた。
村上龍男館長(70)の案内で「世界一」を誇るクラゲの展示を見た博士は「大したもの。繁殖成功など、すごい努力を感じた」。ノーベル賞以来、入館者5万4千人分のざっと5400万円が「下村効果」の増収とか。村上館長は「こんなうれしいことはない」と、博士の手を何度も握っていた。
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除雪の仕事。
今朝は母校のトイレ掃除からスタート。日本を美しく! これは? 除雪車(除雪用ホイールローダー)のブレードのフィン。とある集落、訪れた除雪業者の方から見せていただいた。市内では使えないが、中山間地では威力を発揮するのだとか。降雪の時は3台の大中小のブルでフル稼働し、午前2時ぐらいから午前7時には必ず完了させる。そうした仕事が続くのだとのこと。こうした除雪機械は購入するのに1600万円。減価償却5年とか。使えるのは冬期のみ。最近は同業者の廃業の話も結構聞いているとか。どんな仕事もなかなか大変だ。雪国の鶴岡では、なくてはならない仕事。ご苦労様です。
「持続可能な社会」の意識づけの必要性。
改めて、29日にあった公益文科大学の地球温暖化のフォーラムをふりかえってみる。
茅陽一先生のお話はとても参考になった。co2を地中に閉じ込める科学技術、原発に頼らざるを得ない日本の事情など、これまでの日本のエネルギー政策の象徴的な軸を開陳していただいた感がある。
しかしながら、私が全体的に感じたのは、「持続可能な社会」「持続可能な開発」の意識付けが希薄な感じがする。ということ。それから、どちらかというと、バックキャスティングというよりも、現状積み上げのフォアキャスティング的な考え方で25%は無理。というオンパレードになっていたのではないか、ということ。
午後の議論展開でも、エネルギーというと高エクセルギーの電力の事しかとらえられていなくて、低エクセルギーの熱利用については考察が及んでいなかった。住宅のエネルギー利用といった場合、エネルギー転換の先が太陽光発電しか触れられなかったことは、まさにそのエクセルギーの高低などの認識に疑問が残る。ISEPの飯田さんも最近特に指摘されているのだが、家庭のエネルギー利用の半分が温熱エネルギーなのだということ。半分というのは東京の話だから山形だともっとなのかと思う。
たとえば、スウェーデンのエネルギー転換政策のひとつの柱となっているのは、低エクセルギーの温熱利用のところだ。スウェーデンではこの20年で温熱利用において確実に脱石油を果たし、石油84%(1981)を7%(2004)にしている。その分を木質バイオマス29% 、余剰熱12%、ゴミ11%など、代替している。
あとは、原発についてだ。「持続可能な社会」からバックキャスティングして、、、といった時の「持続可能な社会」に、原発は認められない。なぜか。ナチュラルステップの掲げる持続可能な社会の4つのシステム条件の4つ、どれにも抵触するからだ。
1)地殻から掘り出した物質の量が増え続けない →ウラニウムは化石燃料。枯渇が懸念される
2)人間が創り出した物質の量が増え続けない → 放射性廃棄物、プルトニウムの問題。
3)自然が物理的な方法で劣化しない → 事故の際には放射能汚染が広がる。原子炉による海水高温化などの生物多様性への影響
4)人々が満たそうとする基本的なニーズを妨げない。 → 「被爆労働者」の実態を考えると、最たる人権問題が発生している。
これはgoogleで「被爆労働者」と検索してみていただきたい。動画で日本では放映できず、英国で放映されたドキュメンタリーを見ることができる。これは健全な社会のあり方とはいえない。先日鶴岡にいらした、行動するご住職、大河内さんからお教えいただき、改めて僕も気づかされた。http://angel.ap.teacup.com/hitococi/ すでに40万人以上の被爆労働者がいるとか。
原発を推進とする時、それに投資される分、自然エネルギーの開発が止まる。低炭素社会へのインフラ整備が遅れる。ずうっと、こんなことを繰り返してきたのが日本だ。
今、話題になっている地球温暖化対策基本法案でも、このあたりが問題の焦点になっている。
私は ISEP(環境エネルギー政策研究所)の「原発の推進は持続可能な社会を実現しない 地球温暖化対策基本法案への明記は中止を!」 に賛同する。
話の冒頭に戻るが、地域のエネルギー開発を考えた際、全体的に根本的な「持続可能な社会」「サスティナビリティ」のとらえ直しが必要なのだと考える。また、議論すべきは、特に冬、暖房に石油をどんどん使ってきた山形県の暮らしでは、暖房をどう切り替えるか、要するに低エクセルギーの温熱エネルギーの転換をどうするか。だ。ここにバイオマス利用もある、バイオガス利用もあるだろう。パッシブソーラーハウスもある。光、風力、水力、バイオマス そもそもの太陽エネルギーの利用をもっと質の高いところから低いところまで、考え利活用を進めることだ。
このあたりは、今後の庄内のエネルギー開発論を展開するとき、しっかりと認識し直していただきたいと思うのだ。
一人暮らしでも元気いっぱいの80歳
朝、八文字屋つじ立ち。今日から新年度、新しい気持ちでスタートの方もたくさんいらっしゃるでしょう。今年度もよろしくお願いします。
朝日村じっくり歩く。まだ雪が多く残り、つい、おとといあたりも雪が積もったという地域。 雪囲いがはずされていない80歳の一人暮らしのおばあさん。息子は横浜に。よく「さみしくないの」と聞かれると全然さみしくない。だって彼氏いるもの。と言われて「えっ」となるが、猫の彼氏なんだそうだ。最近はさすがに足が悪くなって野良仕事ができないが、でも、近所の民生委員さんから勧められた電動のシニアカーのおかげで近くにはいける。この辺では第一号だとか。集落に今7台あるらしい。最近のたのしみは「ぼんぼでやっている会で月に2回ぐらいぼんぼ(温泉施設)にいって、仲間と交流すること。とか。昔は某ホテルの厨房でずっと働いていて、料理長と互角に腕を争っていたとか。
なんだか、元気を逆にいただいたように思える。 ああ、そうだ。と中越地震の際に、お会いした84歳のおばあさんを思い出した。豪雪地帯に住んでいて、84歳だというのに平気で屋根にあがるおばあさんだった。双方 同じように、コメや食べ物などは近所や親類がもってきてれるそうだ。絆が存続する山の暮らし その中で生かされている元気な笑顔にお会いできた。
co2 25%削減は? 可能にするためのアクションに意義がある。
公益文科大学でおこなわれた地球温暖化のフォーラムに参加、地球環境産業技術研究所の茅陽一氏の講演からはじまり午後のセッションまで。全体に貫かれているのが、鳩山政権の掲げる25%削減に対する疑問。転換するためのコストがかかりすぎるなどの問題を指摘していた。しかし、果たしてどうかた。
持続可能な形成のために_スウェーデンに学ぶ 福島郡山での講演
福島 郡山の皆さんにお招きいただき「持続可能な社会とはーーースウェーデンに学ぶ」 と題して講演す。
2008年に訪れたスウェーデンのエコ自治体。そして共通して導入している「ナチュラルステップ」の理論。また、持続可能なオリンピック開発をナチュラルステップを導入して実現したウィスラー。
サスティナビリティを実現するには、判断基準がある。その判断基準とは?
この数日間、この日のプレゼンの資料づくりで集中していた。仕上がったのは結局朝。じっくりと聞いてくれたみなさん、ありがとうございました。
最上小国川ダムの説明会 これじゃあ意味がない。
説明会に出羽三山の自然を守る会の皆さんといく。
説明1時間半、あいかわらずの姿勢。情報操作が見え隠れする説明内容。質問時間30分。せっかく集まって質問をする県民に対して、「時間がないのでお一人一問だけ」とかからはじまり、かっちり30分だけの質疑でやめる。県は今まで通りの主張をするだけの説明会。2時間の説明会で1時間半を説明で費やし、質疑が30分。
「時間がありませんので」といって質疑はそれぞれ一問だけにしてください。とか、簡潔に。とか、制限の多いものでした。
私も質問。これまでの流域委員会などの議論が、ダム推進の河川工学者のみの参画で、いかにダム推進論だけになり、「ダムに依らない治水」の議論をほとんどしてこなかったかということは明らかだ。国も再検討しているんだから、これまで全くといっていいほどやってこなかった、ダムに依らない治水方策を真面目に検討してください。
また、穴あきダムについて県はよく「環境にやさしい」というけれど、それを詳しく聞くと、「貯留型ダムよりも環境にやさしい。という始末。実際、益田川ダムでは、工事中の10年間、川は濁水が続き、とても釣りどころの話ではなかったと地元住民から聞いた。また、益田川は、下流部では工場廃液も流れており、小国川などのように漁業権がある川ではなく、清流環境を穴あきダムで維持しているなどということにはならない。巨大構造物のために、いろんな箇所で水がよどみ、土砂堆積による長期濁水の可能性、また、ヘドロ堆積による水質汚染などの心配があるし、また、実際に新潟水害の際、穴あきダムのあった川で死者を伴う水害を発生させている。治水安全上でも問題が指摘されている。
こういうことを全く県は説明しないでこれまできた。 こういう指摘に対して、ぜひ説明してください。
とやりました。県はこれについて全く答えずに次の質問者へと移りました。
何のための説明会なんだかわからない。という惨状。こんなことをいくらやっていてもダメなのだ。
吉野川の可動堰、建設なしのニュース。
以前、住民投票での勝利を成し遂げた、吉野川の可動堰について、前原大臣が建設しない考え方を表明というニュース。現地での活動に参加した一人としてとてもうれしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー第十堰可動堰化を否定 国交相、保全軸に検討 2010/3/24
10:12 徳島新聞
前原誠司国土交通相は23日、2000年1月の徳島市の住民投票を
受け、白紙状態となっている吉野川第十堰(ぜき)の可動堰化計画につ
いて市民団体のメンバーらと会談、「(可動堰は)選択肢にない」と述
べ、建設しない考えを表明した。
前原氏は、約260年前に造られ、改修を重ねて使われてきた第十堰
の保全を軸に今後、流域住民の意見を反映させる委員会を設置し治水対
策を検討する方針も示した。
国交省の大臣室で行われた会談には、市民団体側から吉野川シンポジ
ウム実行委員会の姫野雅義代表世話人ら9人が出席した。
会談後、記者会見した姫野氏によると、前原氏は国交省の有識者会議
で検討している「できるだけダムに頼らない治水」の方針に沿って対策
を検討すると表明、国交省が持つ治水情報を提供する考えも明らかにし
た。
さらに「第十堰は川の流れを邪魔していない。しかし、どの程度傷ん
でいるのか、治水の代替案をどうするのかを科学的にやらなければいけ
ない」とも述べ、早期に調査を始め、河川整備計画に盛り込みたいとの
意向を示したという。
前原氏は23日午前の記者会見で、可動堰計画について「川全体の治
水をどのように考えていくかを含めて検討したい」と述べ、包括的に見
直す考えを示していた。
姫野氏は「大事なポイントでかなり具体的で、明快な話が出たと思
う。長かったが流域の人たちの意思表示が国に届いた。今後は国交相の
方針が反映され、早い段階で委員会が設置できるよう働き掛けたい」と
語った。
吉野川第十堰の可動堰化計画 吉野川河口から約14キロ上流にある
固定堰が、治水上の支障になるとして取り壊し、その下流約1・2キロ
地点に新たな可動堰を設ける計画。2000年1月に徳島市の住民投票
で建設反対が9割に上り、当時の与党3党合意で「白紙」となった。0
9年8月に国が策定した吉野川水系河川整備計画には第十堰対策は盛り
込まれなかった。10年1月、仙谷由人国家戦略相が「復活はありえな
い」と可動堰計画の中止を明言。前原国交相は09年10月に「政権と
しての見解は今後詰めていく」と説明していた。
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