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東日本大震災、被災地再訪


21日、22日と岩手県宮古市田老町、宮城県石巻市を訪れる。
田老町の世界一と称されていた防潮堤。10メートルの高さの堤防は圧巻だったが、311の津波はそれを乗り越えた。185名の命が失われている。新規につくった堤防は破壊されていた。
今後の計画を立てているところだそうだが、更に4m高い堤防をつくる予定だと住民から伺ってうーむ。と沈黙。今、こうした防潮堤が、福島県から岩手県北部まで全域にわたって修復もしくは新規で計画されている。
 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120909/dst12090900300000-n1.htm 産経新聞では国は来年3月末までに、471地区のうち6割の299地区で着工を目指すが、これまでの着工距離は被災した総延長301キロのうちわずか14%だそうだ。

一体全体でいくらかかるのか。国土交通省東北地方整備局に問い合わせたが、担当は各県になっており把握していない。直轄事業だけはわかるが、、、とのこと。

その後、石巻へ。三遊亭京楽さんの落語会を企画しているopenjapan吉村氏、神戸以来被災支援を一緒に行っている徳恩寺さんらと合流。2000世帯の開成仮設住宅。
22日、午前中少しの間だったが、佑ホームクリニック、石巻医療園 健康・生活復興協議会 を訪問。事務局長 園田愛様、塩澤耕平様にお会いして、取組を取材させていただいた。
佑先生の取組は、被災地から、福祉介護と医療の連携をつくる先端の試み。園田さんから、「鶴岡といえば、ネットフォーユーの取組を先日取材させていただきました」と伺い。改めて鶴岡の医療連携を再評価。私も神戸での事を諸々意見交換させていただいた。

その後、京楽師匠らと東松島市の仮設住宅へ。

落語会の席でお手伝いをさせていただきながら、住民の方々から野蒜小、と浜市小学校の避難と被害の差をお話いただいた。
 体育館の中で洗濯機のようになってしまった悲劇と避難した住民に「校舎に土足で結構ですからどんどんはいって、3階に上がって」と校長が指示し、犠牲を出さなかった浜市小学校。「渡辺校長先生が「土足でいいからどんどん上にあがって!」の声は今でも焼き付いている。と語って下さった。
http://www.asahi.com/edu/student/news/TKY201105090120.html
津波、地震の時に学校はどうするか。改めて問われる。

その後、改めて石巻社協を訪れ、阿部さん、大槻事務局長、森岡事務局次長らと意見交換。
在宅医療で有名な佐久市民病院の長先生が、石巻の医療チームに関わるとのこと。

先日訪れた「フェアトレード」は、大臣表彰を受賞しがんばっているようだし、
被災地からモデルをつくりだそうとしている石巻の医療介護ーNPO連携の今後に期待したいし、隣県から、なにかお役に立てれればと思う。
最後に久々に日本財団の黒沢さんを訪れ意見交換。石巻の災害NGOの立役者と言うべき人
山形県内の事なども含めて、諸々情報交換。
神戸から滞在しているのぶさんと一緒に、あいかわらず、がんばっておられた。