自転車 海辺の花ウンラン

solaiから空港まで自転車で40分。トレーニングのつもりで走ってみた。天気は快晴。実に気持ちよかった。庄内浜でウンランをみつけてパチリ。
9月21日、ビーチクリーンアップ 湯野浜 午前9時 ホテル海山前、北側駐車場集合。終わってからこうした海の花の観察会をおこなおうと考えております。
質問をまとめる2日間といったところ。
自転車で走ってみて、改めて自転車で走っている方々の不便さ、危険性を感じた。スウェーデンのヨーテボリで僕は半日ホテルの貸し自転車で走っていたのだが、安全性も心地よさも全然違う。速く走る自転車が日本では認められていない。ヨーロッパでは自転車は遅いのもあるけれど速いものもある。自転車道は、車道と平行するか、車よりも景観を見やすいようなところをゆったり、安心して安全に走れる。歩道と一緒などというのは論外といったかたちでずーっと自転車道がしかれていたのだ。
湯野浜まで走っている内、善宝寺から七窪間の自転車道は快適だった(少し道路が草ぼうぼうのところはあったが)。ちょっとだけの区間はスウェーデンを走っているようだった。そもそも以前、電車が走っていたところを自転車道にしたものだが、途中の区間はもうなくなっている。消極的にしか考えられていなかったからだ。
最近、たまたま駅前の観光案内所にいたら、自転車を電車に積んできた方に、「ええと、湯殿山経由で山形市に行こうと思うんですが」と言われ、「はじめの坂道大丈夫かなあ」「まてよ。途中から自動車道になるから旧道をいくしか、、、」とか色々アドバイスに困ったことがある。観光レンタル自転車も、結構最近人気だ。鶴岡駅、役所を中心として、庄内浜へ。朝日村へ。三瀬に。羽黒へ(これは自転車道完備、、でももうひとついいたいことがある)、きちんと安全、安心、時には速く走れる自転車道をつくることは今後、検討する価値があるのではないかと考えている。
みなさん、ご意見をおよせいただければと思う。
鶴岡 水 再考。

9月議会開催!ーチームワーク
鶴岡市議会 9月議会がはじまった。
その朝、羽黒高校の教頭先生のお話を聞いた。先生はバレーボール部の監督をされている。生徒たちをいかに指導するか。ご自身、中学、高校、大学時代バレーボール浸けの中でみいたした指導方法。チームワークの手法。とてもいい示唆をいただいた。
すこしいただいた資料から抜き出しておこう。
チームモットー、「人間力」個々の能力を高め結び合う 心と心をつなぐ。技と技をつなぐ。特徴を磨く。チームワークとは、技術と技術。心と心がバランスよく、且つ強く結びつき、悪条件を良くするカバーリングできる集団のことである。
「パスしたら、自分の仕事終わり。で知らんぷりをしている。なーんていうことをさせないようにしています。パスしたらフォローにまわる。そこから、最後のアタックにチーム全員の力が宿り、神が微笑む力がでるんです。」とのこと。
現在、羽黒高校バレー部の目標は全国大会出場、ベスト8入賞。それに向けて常にコミットさせるシステムと技術。なにより指導者のものすごい情熱を感じた。「生活の乱れが運を逃す。勉強の怠けが将来をつぶす。栄養の不足が体を壊す。自己の限界を知り、それを乗り越えたとき自信が生まれる。限界を伸ばす。苦しんで苦しんで得たことが血となり肉となる。」これはすべての仕事に通ずること、そして人生に通ずることだと思う。うむ。山伏道にも続くかな。
さて、9月議会。総括質問。市長の答弁が諸々続いた。なんか、なにかを感じないな。
http://www.city.tsuruoka.yamagata.jp/gikai/
で議会中継が見れます。
私の一般質問は10日午後4時ぐらいからです。傍聴歓迎!
街頭演説ー動けば変わる。

その後、峰中あけのヒゲをそり、
今日は慶応大の鶴岡セミナーの発表会に参加。出羽三山の羽黒山、即身仏と対峙し、内藤先生のお話を聞いた学生の皆さんがまとめたプレゼンを聞いた。
諸々興味深い要素あり。こうした機会はとてもいいと思った。
様々な知性や感性をもった学生諸氏が、この三山と対峙し、新たな価値形成をする。
地元民も「へえ、そんな考え方もあったのかあ」と気づく。
そんな気づきあいが大事なのだと思う。
9月議会が明日からはじまる。そのヒアリングが続いた。
9月10日は僕の一般質問。よっしゃ!
末期状態!の日本の政治。

福田総理が政治を放り投げた。威勢のいいことをいっていながら、あっさりと突如辞任した安倍元総理が辞めて驚いたのはつい最近の事。そして安心安全内閣とかいっていた「おまえもか」という感じ。
60年続いた自民党政権はもう終わりに近づいている。
一国の総理が途中で、それも防災の日とかに「やーめた」なんて辞めるかねえ。
選挙対策だということだけれど、だとしたらさらに、完全に国民を無視した許されない行為だと思う。メディアでは「ポスト福田」なんていっているけれど、そんなことよりこんなに醜く恥ずかしい無責任な政治をやっていいのか。ということが重要だ。
僕は政治というのは「希望」を作り出すものだと思ってやってきた。ところが今の政治はどうだ。失望と、時には絶望を作り出しているじゃないか。
もう許せない。もう、こんな恥ずかしい政治におさらばして、真にいいシステムを作り上げる、希望をつくりだす政治に大きく変えたいものだ。
とにかく、今、やらなければならないのは、政権交代だ。もういいかげんにしましょう。、、、。
こんな趣旨の事を、このカードをもって、朝、役所前、夕方、八文字屋前にたつ。
峰中あけのヒゲ面。演説していて、ふとみるとじっと座って聞いてくれていた人がいた。25歳の青年だった。このブログもYOUTUBEも見てくれているという。本当にうれしかった。そして同じく座って聞いてくれていたのは女子高生3人組。「その字の紙、いただけますか」と一言。「え、こんなのを?」と思いながらどうぞどうぞと手渡す。
ありがたい。ありがたい。ありがとう!
さて、9月4日から9月定例会がはじまる。僕の一般質問は10日。
先端研の成果と見通しについて、地下水政策について(砂利採取について)、総合計画について の3点を質問予定。
議案書、議案説明をうけて、気になったのが実質公債費比率の値。
これまで18年度19.2%、19.7と、あがっていたが、今年になって算定のやり方がかわって17.1となって、これだと18%以下だからまだ、健全だ。などという説明になっていた。
この「算定がかわって、、、」というところには?がつく。
財政の健全度を示す値がそんなんでいいのか。と改めて思う。なんか騙されているような気がする。
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さて、日本の政治だが、もはや政権交代しかないと思う。もう、1000兆円も借金を抱えていながら、人口減少を迎えているこの国は、もたない。持続不能だということはだんだん、見えてきているはずだ。
官僚ー天下り構造を断たなければ、また、政、官、業 癒着の構造でがんじがらめになっている構造を断たなければ、いけないのだと思う。
まずは、完全なる発想の転換をするためにも、政権交代をして当然だと思う。
内向きの総裁選挙に何も魅力もない。早く自民党の古い政治に終止符をうつことだ。
秋の峰をあけて、、、。

羽黒山古修験道 秋の峰 業の7日間が明けた。午後6時半。2003、2007、2008と3度目の参加であり、3度位昇進。太多須嬉を授かる。
羽黒山、月山の、月読命をはじめとする八百万の神々の宿る拝所をめぐり、その神々に対して勤行を唱えながら様々感ずるところ、思うことがあった。今年も北は北海道から南は福岡まで、全国から163名の方がいらして胎内ともいえる峰中堂で一汁一菜、寝食をともにしながら業を積んだ。向き合うのは自分。今回自分でも驚いたのは南蛮いぶし中に勤行を声をだして読めるようになったこと。きついところから、今やっていることにフルにコミットして無心におこなっていると弱々しい殻を突き破って、力がみなぎってくる。
そんな体験を積ませて頂いた。
明けて、そのままの姿で、産土神である鶴岡、山王神社、荘内神社に参拝。
家族とともにひさびさの肉、魚料理を食す。
などとやっていたら、福田総理、退陣のニュースが流れた。
国の政治はもはや末期状態。
全国から、この体験を求めて人がやってくる羽黒山伏の修験道文化。
自然ー神ー仏ー人。その中にはまさに自然と人との共生の姿があった。これを背骨として、僕はわが鶴岡市を描きなおしたい。
今、政治は国民に絶望をまた投げかけた。政治は希望をつくるもの。
さて、鶴岡から、一歩、一歩。希望の社会をつくるのだ。
動けば変わる。
本日より山伏修験
おはようございます。
本日より羽黒山伏 秋の峰に参加します。
期間中、携帯は使えません。御用のある方は0235-28-3338 カフェそらいへ
メッセージをいれてください。また、メールはsternkusajima@docomo.ne.jp
へお願いします。
8月31日は、修行のクライマックスでもある「八朔祭」が羽黒山頂上の神社の界隈で夜10時からおこなわれます。ぜひおいでください。
それでは、山伏 進佑、いってきます。
県知事への質問と新しい治水の常識。
先般、知事との夢未来トークで僕が問うた内容を記す。以下のふたつだ。
● 慶応大学先端生命科学研究所誘致の見通し。
鶴岡市は、毎年3億1千5百万円、山形県は、3億8500万円、毎年、
合計で7億もの公費を研究費用として投じている先端生命科学研究所でありますが、これまで7年間。50億円以上の公費を投じている。他の研究機関などにいきますと「ちょっと異常なのでは」という声も聞いておりますが、
市民、県民への還元について、どのように考えているか。
バイオ産業の見通しを、知事はどう考えているか。
● 最上川について世界遺産の運動をおこなっていることを紹介しておられました。最上川の環境を考えるものとして、支流の最上小国川についてうかがいますが、先般朝日新聞7月17日に、元京都大学防災研究所長の河川工学者、権威でいらっしゃる今本先生という方が、「穴あきダムは、歴史的愚行に他ならない。」という論を提起し、まさに、山形県が主張する「穴あきダムは環境にやさしい」といった主張に対して反論を呈しています。
● また、河川の治水に対して、例えば、徹底的にダムに拠らない治水のあり方を議論している淀川の流域委員会に対して、最上川の流域委員会の議論は、あまりにも議論不足であり、その中で知事は判断してしまいました。
県が、自然資本の真の意味を踏まえ、代替案まで真摯に作成して真の治水を議論している滋賀県、嘉田知事の姿勢と比べ、あなたの姿勢は、もうしわけありませんが、改革派知事とはいいがたい状況であると思います。
まず、穴あきダムによって、破壊される清流の、まさに自然資本の経済的な損失について、知事はどのように考えているのでしょうか。また、世界遺産たる最上川の支流の治水対策について、ダムによらない真の治水策についてもっとしっかり議論すべきと思いますが、いかがでしょうか。
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と問うた。この根拠には、以下、朝日に紹介されているような、真の治水のあり方についての流域委員会の議論が、淀川と最上川で全く違うということだ。
そして元国土交通省の技官。宮本氏が真実の治水のあり方について提起されている。
こうした議論こそ、真の公益的な治水の議論だと思う。
以下 引用す。宮本氏に大きな拍手を送りたい。
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朝日新聞関西版 2008年08月20日
【なぜ、どうしてもダムなのか 〜宮本博司〜】
(1)住民無視 情けない
6月18日、淀川水系流域委員会と近畿地方整備局が関係正常化のためトップ会談し、宮本委員長(左)と谷本光司・河川部長(中)が会見に応じる。
6月19日、会社で仕事をしていた私のところへ、新聞社から電話がかかってきた。「国交省が明日、流域委員会の最終意見が出るのを待たずに、4ダム建設を盛り込んだ計画案を発表するそうです」
あぜん、とした。
7年前、「住民の意見を河川計画に反映したい」と、住民の代表や学者らでつくる「淀川水系流域委員会」を作ったのは国土交通省だ。それが委員会の意見を無視して、一方的に計画案を発表するというのである。
昨年8月に委員会が再開して以降、担当職員が委員の質問にまともに答えなかったり、黙り込んだりが繰り返されたあげくの見切り発車。憤りも通り越して情けなくなった。
◆かたくなな国交省
私は元々、国交省の職員としてダム建設に携わってきた「ダム屋」である。流域委ができた当時は淀川河川事務所長。淀川の責任者として、琵琶湖や淀川をどう再生するのか、住人の安全を守るにはどんな方法がベストなのか、ダムは必要かどうか、流域委とキャッチボールを重ねた。一昨年に国交省を退職し、今度は一住民として淀川にかかわろうと、委員として話し合いに加わった。
最初は、流域委も国交省も同じ認識だったのだ。
「ダムは他に実行可能な方法がない場合に、環境影響について慎重に検討し実施する」。これは、04年に国交省が出した文書である。長良川河口堰(かこうぜき)建設に対する全国的な批判を契機に河川法が改正され流域委ができたのだから、効果もあるがマイナス面も大きいダムの建設はみんなで慎重に考えようというのは当たり前のことだった。
だが流域委が「ダムは原則建設しない」と提言し、それを受けて05年、国交省が大戸川など2ダムの建設凍結を発表した後から流れが変わる。「川のことは国交省が一番よく知っている。本気でそこまで住民や学者の意見を聴くのか?」との反動だったのか。
流域委は突然休止され、国が委員を選び直して再開。07年、大戸川ダム建設が復活。「何が何でもダムをつくる」とひた走る国交省と流域委の議論はかみ合わなかった。
5月には「流域委は予算を使いすぎている」と審議打ち切りの話が出てきた。「なぜ、どうしてもダムを造りたいのか」と委員から疑問の声があがる中で打ち切りに向かっていった国交省は、どこまで本気で住民の意見を反映しようとしているのか。説明責任を放棄し、住民意見の反映を拒否したとみなされてもしかたがない。
◆600回開催の流域委
だが「国交省が強引に進めると言ったからもうどうしようもない」と引き下がるわけにはいかない。ことは住民の命にかかわる問題なのだ。
そのことを一体、どれくらいの方が認識しておられるだろう。
もしかすると皆さんは、こんなふうに考えているのではないだろうか。
「国交省には批判もあるが、これだけ治水事業をやって、たくさんダムも造ってきたおかげで、もう洪水で人がたくさん死ぬ心配はない」
「ダムがいらないと言っている人たちは、人間の命より魚や鳥の命を優先しているのではないか。確かに自然環境も大事だが、人命より優先するものはない」
こうした考えは、とんでもない誤解である。
ダムにこだわる国交省の洪水対策のやり方を変えない限り、3年前に「カトリーナ」の上陸で1千人以上が亡くなったニューオーリンズの悲劇は他人事(ひとごと)ではない。
流域委員会が600回の会合を重ね、調べ、話し合ってきたことを、改めてみなさんにお知らせしたい。そのうえで、果たしてどうしてもダムに頼らなければならないのか、他の道を探るべきか、考えていただければと思う。
◇
みやもと・ひろし 京都市生まれ。78年に旧建設省に入
月山でのスクーリング。鎌田東二先生と

京都造形芸術大学の月山でのスクーリング「環境文化論」の講師をつとめる。今回は22日から24日までの行程で約30名の方々が全国からこの講座にいらっしゃった。歴史遺産、写真、絵画、いろんな専攻の方々で、年齢もさまざま。僕は23日早朝から、羽黒山→月山山頂→湯殿山の山駆けのガイドと湯殿山ホテルでの講義を担当した。
この講座も今年で5年目。午前中は晴れていたが、昼ごろから雨と風。なかなかタフなコンディション。多くはその中下山し、湯殿山の参拝まで。僕は最終尾で足が不調になった方に付き添いながら、降りてくると午後6時をまわっていた。その後、夕食をとりながら皆さんの感想に耳を傾ける。花はウメバチソウ、ハクサンフウロ、ハクサンシャジン、チングルマ、ハクサンイチゲ、ミヤマリンドウ、ニッコウキスゲ、などを見た。
一人一人の様々な経験や境遇が、月山の山駆けの中で、試される。タフなコンディションだっただけに、自分自身としっかり向き合った人、一行の間での思いやりや絆、感謝の気持ちが増幅するような体験をされた方が多かったようだ。
月山で足裏で山を感じながら、風にあおられ、霧にまかれる。雨風で寒い、少々つらい思いをする。湯殿に降りる急坂の金はしごを越える。最後は湯殿の赤い岩の前に立ち、そしてそれに登り、お湯を体感する。死と再生を疑似体験するには、天候に恵まれていたのではないか。とお伝えした。
その後、9時から10時半ぐらいまで講義。柴燈祭、月山炎のまつり。神戸元気村、水問題。月山ダム、地下水問題、井戸つぶし、持続不能な社会から持続可能な社会へ。
スウェーデンでかいま見た社会のシステム。水の常識の違い。ナチュラルステップ。「地球を吹く」、自然資本。こんな流れか。鶴岡にご親類がいらっしゃるという生徒さんもいらして、「来るたびに、変化していて、、、」とお嘆きの様な声も受け止めた。
これを企画して下さっているのは、宗教哲学者の鎌田東二先生である。先生とは神戸で出会い、月山炎のまつりの際に毎年おいでいただき、大変ご尽力いただき、様々な教えをいただいてきた。
先生は今年、「京都大学 こころの未来センター」の教授となられ、古神道や山伏文化などと、日本の古来の宗教や文化と環境の問題、こころの問題をリンクさせ、その解決の道を探るなど、とても貴重な研究をされていらっしゃる。
今後、また新たな連携をしていこうと、諸々お話ができた。またも感謝である。
ありがとうございました。
穴あきダム対決。ー朝日の論点より
本日の朝日新聞に穴あきダム賛成論者で、山形県最上町でもダム推進の集会で講演をしていた角氏の穴あきダム容認論が掲載されていた。
以下、転載
_________________
穴あきダム 自然に近い利点を生かせ
京都大准教授(水工水利学) 角 哲也
7月17日の「私の視点 ワイド」に今本博健氏の「穴あきダム 歴史的愚行
に他ならない」が掲載され、課題が多いと主張された。このダムは大きな洪水時のみ貯水し、ふだんは川の流れを変化させない形式である。河川上下流の生態系の連続性を維持し、流入する土砂をほとんどため込まないので埋まることが少なく、持続可能性が高い。
私は従来の「貯水型ダム」と異なる長所を持つダムとして理解を広め、治水対
策に有効に活用すべきだと考える。国土交通省は「流水型ダム」と呼ぶことを推奨して
いる。
流水型ダムの歴史は古く、18世紀にフランスのロワール川に縦スリット形式
の治水ダムが建設され、米国では80年以上前に誕生している。ライト兄弟の故郷であるオハイオ州デイトン市に建設されたダム群は、これまで1600回以上の洪水調節を行って市の発展に大きく貢献してきた。ダム下流を人工の淵のような水路構造とし、洪水時のダムからの放流水の勢いを抑えるとともに、平常時の川の流れをスムーズにし、魚の遡上や降下に効果を発揮している。洪水時に水がたまるダム上流の区域は80年の間に樹木が成長し、公園や野鳥保護区となって良好な環境が創造されている。
今本氏は、日本の代表的な事例である島根県益田川ダムを取り上げて「土砂の
一部は流れずにたまる」「アユの遡上が阻害される」と指摘しているが、これら課題
は今後の改良で十分に解決できると私は考えている。
貯水型ダムでは流入土砂の大部分がダムに堆積する。一般に100年間にたま
る砂の量をあらかじめ計算して、大容量のダムが建設される。流水型ダムは流入した土砂を洪水時に自然に排出でき、鉄分など森林から供給される栄養分などもほとんど通過させる。流水型ダムも完成直後はある程度の土砂は堆積するが、それ以降は洪水時に土砂が順次入れかわって次第に流入と流出のバランスがとれる状態に近付くはずだ。益田川ダムは現在その途中段階にある。
益田川ダムは、ダム直下に副ダムと呼ばれる小さな堰堤を設置して洪水の勢い
を抑える方式を採用した。土砂や魚の通過を考慮して、これにスリットが設置さ
れている。
スリット幅が小さいと平常時も水流が速くなり、確かに魚にとってはやや厳し
い環境になるかもしれない。流水型ダムの流れの設計は今後の技術開発テーマであり、
米国の事例も参考に、より自然に近づける工夫が出来よう。
流水型ダムは、従来の貯水型ダムとは大きく異なる構造物である。常時は貯水
しないメリットを生かして新しい発想で取り組み、河川環境に適合した持続可能なダ
ムを目指すべきだ。
______________
彼が反論した、今本先生。(先生は、一昨年、我々が招いて3回山形県最上小国川の現場にいらしていただき、新庄市などでのフォーラムで発言されている。)の論は以下だ。ーーー以下転載。
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朝日新聞 2008年7月17日 朝刊17面opinion
◆穴あきダム歴史的愚行に他ならない
いまもと ひろたけ
今 本 博 健 元京都大防災研究所長
ここ数年、従来の多目的ダム計画を、治水専用の「穴あきダム」に変更して推進しようとする動きが相次いでいる。国の直轄事業に限ると、淀川水系の大戸川ダム(滋賀県)や九州最大級の川辺川ダム(熊本県)など、地域の合意が得られていないダムを中心に、10件ほどを数える。補助事業を加えるともっと多く、長野県では前知事時代に「脱ダム」の象徴として中止が表明された浅川ダムが、穴あきで建設されようとしている。
穴あきダムには多様な形態があるが、現在推進されているのは、ダム下部の河床近くに直径数㍍ほどの穴をあけておき、普段は川の水をためずにそのまま流し、洪水時は一時的に貯留するタイプのものだ。従来のダムからの変更が相次ぐ理由は、①水の需要が減ったため建設目的が治水専用になり、水を常時ためる必要がなくなった②穴あきにすれば環境悪化への社会的批判の高まりをかわすことができる、という点に集約される。
私は河川エ学者として各地の住民から相談を受け、穴あきダムの実態を調べているが、いずれも「中途半端なダム」という印象をぬぐえない。
まず、事業者がうたい文句にする「環境に優しい」は本当だろうか。普段は水をためないので、水がよどんでアオコが発生するようなことはないだろう。だが、①魚が穴を通ってダムの上下流を自由に遡上・降下できる②土砂がたまらない、とする主張は極めて疑わしい。
国内の本格的な穴あきダムは2年前に完工した島根県の益田川ダムが最初だが、県が昨年公表した環境調査では、①アユの遡上が阻害されている②土砂の一部は流れずにたまる、などの点が明らかになった。
私は何度か視察したが、穴あきダムは、魚が自由に行き来する単純な構造ではない。洪水時に勢いよく水が流れるのを食い止める構造物「減勢工」がダムの下流直下にあり、魚が上って行くには、減勢工などを通って穴に向かわなければならず、これらが障害になっている可能性がある。土砂も予想以上にダムに堆積しており、下流への砂の供給が減ると、砂の中に産卵する魚の生態に影響が出る恐れがある。こうした点が何も検証されていないのに「環境に優しい」と言えるのだろうか。
治水についても、肝心の大洪水で役立たない恐れがある。特に洪水が間隔を置いて続くケースは危険だ。通常のダムは、職員がゲートを操作し、最初の洪水でたまった水を必死に放流して数日内に予想される次の洪水に備えるが、穴あきダムでは、小さな穴から自然に任せて少しずつしか放流できないため、最初の洪水を処理しきれないうちに次の洪水が押し寄せ、水がダムから一気にあふれて被害が拡大することが予想される。
また、大雨で山腹が崩壊すれば、流木や岩が絡み合い、穴をふさいでしまう恐れもある。
事業者は、穴あきダムを「逃け道」にして、ダム建設を強行しようとしている。だがそもそも、ダムに頼る治水は、計画を超える降雨があれば破綻する。いま急を要するのは、ダム神話の錯覚から目覚め、ダムに頼らない治水