八文字屋前 117 神戸から16年 | 前 山形県議会議員 草島進一

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八文字屋前 117 神戸から16年


阪神淡路大震災より16年
今日で阪神淡路大震災から16年。
5時46分。事務所の黒板に1.17と書き、ろうそくに火をともした。
6434人の犠牲。約10万4900棟全壊、約14万4000棟半壊。
16年前。行かなくては。との思いに駆られ、仕事に手がつかず、会社の派遣団の一人として西宮に20日、神戸に23日にはいる。「一体僕に何ができるのか」と不安がよぎっていたが、「とにかく行動!」と、御影公会堂での炊きだしを手伝う。炊きだしをする目の前で涙をこぼしながら「ありがとう」と言って下さるおじいさん、おばあさん。
そのときに自分の中で何かがはじけたような気がしている。
3日のつもりで行った神戸だったが、とても立ち去ることができず。会社を休職して3日を一週間、二週間とのばして活動。ついには会社を辞めて神戸元気村の副代表として活動した。
   はじめの二ヶ月は、現地のニーズを探りながら被災地の中と外を結んで炊きだし、温泉への脱出作戦。全国の音楽家に声をかけて被災地での復興支援ライブ、等々、二ヶ月間で30ぐらいのプログラムをつくって活動。その間、ほぼ毎日300人ぐらいの人と握手を交わし、次の行動を考え、次々と実行していった。
暮らしはテント生活、不眠不休でも全然平気、それまで経験したことのない「太い今」の連続を踏みしめている自分がいた。

神戸での3年間の内、ほぼ二年半費やしたのが 、仮設住宅にいらっしゃる高齢者の支援だった。コミュニティをばらばらにして仮設住宅に高齢者や身体の不自由な方を優先的 にできあがった仮設住宅からどんどんいれていったために、それまでの暮らしの絆を絶たれたお年寄りが孤立した。会話もできなくなって、ぼーっとするようになった。
そしてしまいには孤独死で発見されていた。
 そうした問題に向けて僕らは、緊急通報の装置と独自のお話用のデータを組み合わせて「ベルボックス」というしくみをつくり、お一人暮らしの方々がさみしいと思ったときにボタンを押していただき、それにコンピューター上のデータベースを見ながらボランティアが対応する。そんな仕組みや、全国からお米を集め、手紙いりで一人暮らしのお年寄りに届ける。「3ライス神戸」という支援をおこなっていた。
  今思えば、内と内、内と外、絆を再生させるプロジェクトだった。

仮設住宅の高齢化率は、当時31%だった。今、山形県の高齢化率は22.7%。
当時仮設住宅の状況は 今後、山形でも迎える超高齢社会のモデルともいえる。’

当時のプロジェクトから学び直すことも必要かと感じている。

1.17、今日、更に、私自身問い詰められる。6434人の犠牲からの教訓を今、どれだけ活かせているのか。「ボランティア元年」という文化を生み出した行動を、今、どれだけ社会でかたちにすることができているか。

改めて、原点に返って、がれきの中で、0から1のしくみをつくり、希望をつくる。あの時と全く同じ気持ちで、僕は、政治に取り組んでいきたい。