今こそ新しい羅針盤をみんなで持って持続可能な社会を目指そう。政策の判断規準を「持続可能な発展」へ。 | 前 山形県議会議員 草島進一

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今こそ新しい羅針盤をみんなで持って持続可能な社会を目指そう。政策の判断規準を「持続可能な発展」へ。


吉村山形県知事の脱原発発言に賛同、賞賛しつつ、今こそ、みなさんに伝えたい事がある。
これからの社会がどの方向に向かうべきか。ということだ。

僕はこれまで、水問題やダム問題、そして原発問題の不毛さにあきれかえりながら、新しい政治政策の判断規準はないのか、ずっと求めていた。日本の政治は、まさに政官業学報の癒着構造の中で、「利権」を判断規準にこれまで進んできたのではないか。だから、どうしようもない矛盾をはらみながら、川を殺し、山を荒れ果てさせ、人々を不幸に陥れていた。

3.11以降、原発の安全神話など、これまでの既得権益の癒着構造で守られていて、触れる事のなかった真実に私たちは気づかされた。
今後、それじゃ何を政策の判断規準とすべきなのか。私たちは問われている。

僕は、今こそ、「持続可能な発展」「sustainable development」を唱えたい。このコンセプトは、1987年の国際連合の「環境と開発に関する世界委員会」のブルントラント報告で中心的な理念とされた。そして、1992年の国連地球サミットでは、中心的な考え方として、「環境と開発に関するリオ宣言」や「アジェンダ21」に具体化されたコンセプトだ。

ブルントラント報告では、この理念は「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」と説明されている。

そして、この考え方をより具体的に定義づけたのが、スウェーデンの環境NGO ナチュラルステップの4つのシステム条件だ。代表のカールヘンリクロベールは当時、50名ものスウェーデンの科学者とともにこのコンセプトを生み出した。

1)地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けない。
2)人間が作り出した物質の濃度が増え続けない
3)自然が物理的な方法で劣化しない。
4)人々が満たそうとする基本的なニーズを妨げない

ここで言う人間の基本的なニーズ(human fundamental needs とは、チリの経済学者、マンフレッドマックスニーフが提唱しているものだ。
衣食住などの生命維持とともに、保護、愛情、理解、参加、レジャー、創造、アイデンティティ、自由 という9つの欲求の事を言う。

このコンセプトを判断規準として真に持続可能といえる社会を構想すると、僕らが選択すべきエネルギーや公共事業のやるべき姿、そして、やってはいけない姿というのが見えてくる。

資源が枯渇しかねない化石燃料やウラニウム、天然ガスのプラントに投資しても先細りすることは見えている。生成されたら、拡散されても、なくなることがない、化学物質の濃度がどんどん高まっている事を考えて、これ以上それを増大させてはならない。特に原発の放射性物質の拡散は最悪だ。そして、生態系を破壊する巨大ダム水力は否定され、小水力発電のみが選択される。結局、自然の循環の中で再生可能といえる、風力、水力、太陽光、太陽熱などの太陽エネルギーや廃棄物などからのバイオガス、植物や木材由来のバイオマス燃料。という選択になる。

このシステム条件に当てはめてみると、原発は1から4まで全てに違反。火力発電は1と2に違反。
ダム水力発電は3に違反。その多くが、「利権」の判断規準で、動かされているとすれば、建設計画のプロセスに市民の参加や自由な議論がないということがあきらかなので、ほとんど4の違反があると見ていいということだ。

このサスティナビリティの基準を政策の判断規準として、今やスウェーデンの自治体の77自治体、バンクーバーオリンピック開催地のウィスラー市などが、実際に自治体の運営をおこなっている。その中には、もうすでに脱原発、脱化石燃料を果たしている自治体もある。そうした自治体関係者は、ナチュラルステップのシステム条件を常に、政策判断を迷ったときの羅針盤としてそれを使っている。僕も実際に、08年「ミツバチの羽音と地球の回転」の鎌仲監督とその自治体の取材やエコ自治体会議への参加をしたのだが、そのリーダーたちにとって、そのサスティナビリティの基準に照らして、「持続不可能な公共投資」はおこなわない。ということが常識になっている事を強く感じた。

 混迷の日本。東日本大震災被災地の真の復興。そして真の地域再生。僕は、今こそ社会全体が、この「判断規準」を学び直し、真の「持続可能な社会」への転換という共通目標をもち、「持続可能な発展」を遂げていかねばならないと考えている。

これまでの日本の政治は、もちろん「憲法」は最も上位にある判断規準だが、その下の判断規準は目先の「利権」だったのではないか。世界中で、「アジェンダ21」を学習し、持続可能といえる社会に向けて目標をたて、そこにバックキャスティングして行動計画をつくり、着実に歩みを進めていた時代に、日本は政官業学報の、利権の枠を温存しながら、フォアキャストし続けてきたのではないか。

しかし、今、原発の安全神話は完全に崩れた。同様に、これまで間違った判断規準を強いられてきた様々な政策やしくみを転換する時ではないか。

真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし
命がけで真実を伝え、本来の日本の文明のあり方を提示した田中正造の一説に、
そしてまた、ヤオロズの神々を神仏習合の祈りでまつる出羽三山の山伏修験道の文化に、
僕はカールヘンリクロベールのナチュラルステップの判断規準を重ね合わせる。

持続可能な発展を遂げる日本に、今こそ、舵をとる時。もうこれ以上、無駄な寄り道をやっている場合ではない。既得権益、利権構造でがんじがらめで、「持続不可能な社会」に向かわせていた構造を溶かし、新しい時代の羅針盤をみんなで自分のものにして、日本を再生させようではないか。
 舵をとり前進させるためのパドルは、みんなで持ってこそ、障害物をさける事ができ、社会は動く

今こそ、みんなで動き出そう!   動けば変わる。

夏至の日に。